無機質にやらなきゃダメなんですよ。

小山力也『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』(本の雑誌社、2025年5月27日)
日下三蔵『断捨離血風録 3年で蔵書2万5千冊を減らす方法』、小山力也『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』の兄弟本、二冊読了。ふう、面白かった。読んでるだけでこちらも疲れた。
十万冊の蔵書を淡々と整理していく話なのだが、本邸、マンション、アパートを往来しながら、ひたすら本、雑誌、ビデオを括ったり袋にいれたり、とにかく移動させてトリアージュ、何十個ものカラーボックスを組み立てて配置整頓する。不要な本は古書店へ。その労力を思うだけで汗がドッと吹き出す感じ。
『断捨離』は日下氏自身が『本の雑誌』で連載した「断捨離血風録」をまとめたもので、古ツアさんの方は日下氏の蔵書整理を《西荻窪にある日本屈指のミステリ&探偵小説に強い「盛林堂書房」》(小山p5)小野氏の助手(盛林堂・イレギュラーズ)として手伝った記録である(小山氏のブログ「古本屋ツアー・イン・ジャパン」で発表したものに加筆)。
よくぞここまで溜め込んだというのが正直な感想。日下氏が家を建てた当初は書庫がふた部屋あり、それなりに機能していた。ところが・・・
それが寝床で本を読むうちに、だんだん雲行きが怪しくなってきた。マンガ、小説、雑誌、読んでいる本、読み終わった本を、とにかく雑多に枕元に積み始めると、本の山はたちまち壁沿いに足元の方まで伸びていった。
枕元の横方向と壁沿いの縦方向にL字型に本の山ができて、寝るスペースが大幅に圧迫された訳だが、まあ、この時点では縮こまっていれば寝られなくはなかった。
しかし、ベッドの手前に本を積み始めたら、それが二重三重に増えてダムのようになってしまい、入って左手のテレビ台の前から、庭に面したガラス戸の内側のパソコンを置いてあるテーブルの方まで、本の山ができてしまった。小野さんによると、こういう状態で部屋の中央にできた本の塊を「軍艦」と呼ぶらしい。なるほど、言い得て妙だ。
感心している場合ではありません。小野氏は『断捨離』の巻末に収められている日下・小野・小山三氏による座談会で日下蔵書についてこういう診断を下し、整理の心構えを述べておられる。
ーー二十年の経験で、日下さん家のあの状況を見てどう思いましたか?
小野 世の中には水鏡子さんとかすごい人がいっぱいいるから。
日 なくもない。
小野 でも、やっぱり日下さん家はトップレベルに本がありますよ。古本屋から見ると、「まあ、量はあるな」って感じでした。とにかく日下さんには「時間をかけて何回も繰り返しやっていけば、絶対片付けは終わる」と話してました。どんなに本がいっぱいあったとしても時間と手間さえかければ何とかなるんですよ。古本屋が入って。
小山 一人ではちょっと無理ですよね。
小野 多分途中で嫌になるのと、あの量をやろうと思ったら、ご自身の持ち物だから途中で疲れちゃって本を読んじゃったりとか、そういう方に絶対動いちゃうんで、無機質にやらなきゃダメなんですよ。こういう蔵書整理って、どうやってやるかだけなので。
これは小野語録として脳裏に刻んでおくべき名言。「藪の中」に倣って、日下氏、小山氏についで三人目の当事者が自らの言葉で日下邸蔵書整理を語ってくれたら、さらに面白かったろうと思う。
それはともかく、小野氏の言う通り、およそ十年をかけて整理を続けた、その記録がこれら二冊の本にギッシリ詰まっている。本を片付けようと思っている人には参考になる・・・部分も少しはあるだろうが、日下氏レベルの蔵書家はそうはいないので、実のところ一般人にとってはほとんど参考にはならない。それよりも他人のナントカは蜜の味というか、友情努力勝利というか、結局は怖いもの見たさ、みたいな感覚で最後まで引きずられて読んでしまう。
ミステリー古書好きの方々には古ツアさんの掘り出しタイトル報告が役立つだろし(古本屋なんか行かなくても自身の蔵書のなかに探究書がゴロゴロ見つかる!)、整理手順については日下氏自身の記録が細部まで丁寧に描かれていて、一般には応用できなくても、さまざまな片付けメソッドを知っておくのは決して損がないような気がする。
激しく同感したのは小山氏の「あとがき」。こう結ばれている。
それにしても、人の書庫はこんなに懸命に片付けているのに、自分の家は古本山脈が各所に出現し放題。いつかちゃんと片付けなければという気持ちが、常に心の中に強迫観念の如くプカプカ浮かんでいるのだが、一向に手をつけないのはどういうわけか。人間とは、全くもって不思議な生き物である。
断捨離なんて言葉は忘れましょう。溜められるだけ貯めたらいいんじゃないですか。
