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身体性の国イタリア − AI時代へのカウンターとしてのHumanity

身体性の国・イタリアで見つけた「AI時代へのカウンター」

先日、何年振りかに再会した幼馴染。

彼は小学校時代の少年合唱隊からの仲間で、今も声楽(オペラ)を続けている。

彼から聞いた話が、あまりにも興味深かったのだ。

彼は現在、なんと平均年齢83歳の男性合唱団を指導しているという。

毎年1回の演奏会に向けて、じいさんたちが集まり、一つの目標に向かって練習し、終われば楽しく飲む。

年をとった男たちにとって、こういう「趣味に打ち込み、成長を実感できる場所」は、これからの時代に絶対に必要な居場所(ネオ・サードプレイス)だと思う。

ただ集められるだけの老人ホームではない。

野生の魂を残した「シルバータイガーホーム」。

そこには「シルバータイガーロード(銀の虎の道)」がある。

年を重ねても成長を実感できるコミュニティ。

さらに、若い世代を支援しながら、自分たちもステージに立つ。

そんな場があったら最高じゃないか。
ボクの妄想が膨らんだ。

そして彼が言った言葉が、頭から離れない。

> 「イタリア語は縦に喉が開く言語なんだ。日本語は横に潰れる。だからイタリア語が喋れないと、本当のオペラの声は出ない

毎日使う言語によって、身体の使い方が変わる⁉︎

これは目から鱗だった。

Mangiare, Cantare, Amore
食べて、歌って、愛し合う。

身体性の国・イタリア。

そしてふと思った。

これからAIが人間の頭脳をどんどん代替していく時代、そのカウンターとして重要になるのは何だろう。

知識だろうか。
計算能力だろうか。
記憶力だろうか。

おそらく違う。

むしろ人間に残されるのは、身体性(Humanity)なのではないか。

喉を響かせる。
感情を爆発させる。
仲間と歌う。
食事を囲む。
手を動かして作る。

イタリアという国は、そんな人間らしさを今も濃厚に残しているように思う。

*****

ボクの創造の羅針盤は、いつもミラノを指していた⁈

そう考えてみると、自分自身のキャリアのターニングポイントには、不思議なほどいつもイタリアがあった。

特にミラノ。

今回のミラノデザインウィークでのDream Driven Designもそうだ。
何かに導かれるような感覚があった。


振り返れば、入社2年目の終わり。
初めてのヨーロッパ出張で降り立った街がミラノだった。

「イタリアの自動車の魂を見てこい」

そう言われて送り出された若造のボクは、まずDuomoに圧倒された。

巨大な石の建造物。
暗いのに明るい。
重いのに軽い。
閉じているのに広がる空間。
天井へ向かって抜けていく光。

神様が本当にいると思わせる空間を、人間が作れるのか。
そんな衝撃を受けた。

街にはマッキナ(クルマ)たちが石畳の道をイキイキ走る。

バールには大理石のカウンターと輝くエスプレッソマシンが並ぶ。
当時、エスプレッソは驚くほど安かった。
プロシュートメローネにも驚いた。
ルッコラの味の濃さにも驚いた。

何もかもが初体験だった。

その時に受けた刺激は、半年後にSSMというカタチ(コンセプトカー)になり、4年後にはS2000というリアルなスポーツカーへと繋がっていった。

今振り返ると、あの時のボクは「イタリアデザイン」を目指したわけでもなければ、「イタリアデザイン」を学んでいたのでもない。

身体で世界を感じる方法を学んでいたのかもしれない。

*****

1999年〜、ドイツ駐在時代。

赴任して間もなく、ボクは一人でトリノのモデルメーカーに乗り込んだ。
1/1のデザインモデルを作るためだ。

言葉は十分に通じない。
文化も違う。
やり方も違う。
日本流の進め方は通用しない。

しかし不思議なことに、ものづくりを通じて職人たちと意気投合した。

図面ではない。
会議でもない。

身体を使った対話だった。

モデルを前にして、
歩く。
見る。
離れる。
近づく。
光を当てる。
触る。
また削る。

その繰り返し。

クルマのデザインモデルは、頭だけでは作れない。
身体全体で判断する。
そういう世界。

美しさは説明されるものではない。

まず身体が反応する。
その感覚を磨くことが、我々にとってのデザインだった。

*****

ドイツに住んでいる時に家族が増えた。
休暇は何かとイタリアへ出かけた。
家族との思い出もイタリアに刻まれている。

トスカーナは娘が初めて靴を履いて歩いた場所。
ローマは初めてジェラートを食べた場所。
カプリ島は初めて海に入った場所。

ボクたち家族の「初めて」は、なぜかいつもイタリアにあった。

だからイタリアは旅行先ではない。

人生の記憶が蓄積された場所なのだ。

*****

仕事でも同じだった。

2008y.グローバルセダンを開発した時、プロジェクトはミラノから始まった。

ミラノのサテライトオフィスに日米欧のデザイナーが集まり、机を並べてスケッチを描く。

朝から絵を描き
昼は議論する。
夕方ハッピーアワー
また議論。

彫刻を見ながら、
「強いものを作ろう」
「フューチャリズモだ」
と語り合う。

今思えば、そこで学んでいたのもデザインの技法ではない。

創造に対する態度だった。

*****

そして2026年。

再びミラノ。

Dream Driven Design。
未来を構想し、仲間と語り、物語を描き、形にする。

不思議なくらい自然だった。

まるで長い旅が、一周して戻ってきたようだった。
螺旋(スパイラル)

今回、イタリアデザインが未来志向であることも
実感できた。
歴史が日常的に感じられる環境があることで
常に創造は未来を指向するのではないかと感じた。

今を生きるクリエイターは、先人たちの作品を読み解き、そしてまた次世代へ繋いでいく。
ボクたちは、長い歴史の中で途中乗車し、そして途中下車していく旅人のようなものだ。

*****

今振り返ると、ボクがイタリアから学んだのはデザインではなかったのかもしれない。

オペラでも、
建築でも、
食でも、
クルマづくりでも、

イタリアの人々は頭だけで考えない。

身体で感じ、
身体で判断し、
身体で表現する。

AIが頭脳を拡張する時代だからこそ、人間に残された最大のフロンティアは身体性なのではないか。

そう考えると、なぜ人生の節目にいつもイタリアが現れたのか、少しだけ分かった気がする。

イタリアは、ボクにデザインを教えたのではない。
身体で創造することを教えてくれたのだ。

そして今、AI時代の入口で、また新しいスパイラルが回り始めている。


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