がっこうで、いわをたべたの

オレにも、身に覚えがある。ありまくる。
人が話しかけてくる。こっちは画面を見ている。口だけが勝手に動く。うんうん。へー。すごいね。この三語だけで、たいていの会話は成立してしまう。成立してしまうところが、おそろしい。
今回のマンガは、そういう話である。
娘の陽菜が、学校から帰ってくるなり話しはじめる。パパ、あのね、きょうね。それでね、せんせいがね、それでね。子どもの話には句読点がない。ぜんぶ「それでね」でつながっている。あれは物語ではなく、洪水である。
父・慎一は、うんうん、と言う。もう1本だけ動画を、と思いながら、うんうん、と言う。指はすりすりと画面をなでている。あの「すりすり」の音がオレは一等こわい。あれは、心ここにあらずの音である。
そして陽菜が、ぽつりと言うのだ。
……きいてないでしょ。
ここで慎一は言う。きいてる、きいてる! 汗をかきながら言う。人間、汗をかきながら言う「きいてる」ほど、あてにならんものはない。
で、娘は試すのである。
「それでね、きょうね、がっこうで、いわをたべたの」
これは罠だ。地雷である。子どもというのは、大人が思っているより百倍かしこい。かしこいので、確認せずに疑いを晴らす方法をちゃんと知っている。岩を食べたと言ってみて、相手がどう反応するかを見る。うちの塾生の小学生たちを見ていても思う。あの子らは、大人をよく観察している。こわいくらい観察している。
そして父は、笑顔で言うのだ。
へー、すごいね〜。
すりすり。
──不合格である。
娘の目が、すーっと温度を失っていくコマがオレは好きだ。怒っていない。泣いてもいない。ただ、静かに一段階、あきらめている。あの「……」の吹き出しには、たぶん一生ぶんの何かが入っている。
子どもが「あのね」と言ってくる期間は、思っているより短い。ある日ふつうに終わる。終わったあとで、あのときちゃんと顔を上げていればよかった、と思う人間を、オレはたくさん見てきた。
だから今日は、スマホを伏せてみる。
たったそれだけのことなのに、これがどうにも、むずかしい。

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