見出し画像

祝・映画ちいかわ100億ヒット!江戸の作家もやっていた“原作者主導”の作品づくり

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』。

公開から約1か月で興行収入100億円突破したそうです。
すごいことですね~。

私も第3弾の特典「ごきげんセイレーン」をゲットしに映画館へ行ってきました。これで四度目となります。

セイレーンに乗ってるのはちいかわ!プルバックで走ります。なんじゃこりゃ、かわいい~~♥


大人がもらっても十二分に嬉しすぎるクオリティ。久しぶりに、おまけに心がワクワクする体験をもらいました。

もはやこのこだわりは、作者・ナガノさんからの来場者への直接のプレゼントのように思われて、この夏の思い出と共にずっと大事にしたくなるのですよね。

さて。

今回は、映画ちいかわの作者・ナガノさんのインタビューから、江戸時代の本づくりに重なる部分をピックアップして、ヒットの理由に迫ってみたいと思います。

ちいかわファンの方も、江戸時代に興味がある方も、ぜひ気軽にご覧になっていってください~。


✅ちいかわ関連記事はすでに2記事書いています。おかげさまで「先週もっとも多く読まれた記事のひとつ」に選ばれるなど、たくさんの方に読んでいただけました。こちらもあわせてご覧ください👇



原作者の想いが細部にまで込められた映画「ちいかわ」

映画ちいかわは、公開前から「原作・脚本:ナガノ」と大々的にPRされていました。

原作はもちろんですが、脚本まで手掛けられているということは、原作者であるナガノさんの指示が映画の画面の細部にまでしっかり入っているはず。

そのことは、公開前から多くのファンが話題にしていました。

そして、実際に公開から数週間経ってアップされたナガノさんのインタビュー記事で、やはり<原作者の想いに沿って丁寧に作られた映画>であることが詳しくわかりました。



特に上記のインタビューのこの部分。

●映画チームとはどのようなコミュニケーションをとりましたか?オーダーした内容なども含めて教えてください。
まずは、キャラクターたちそれぞれのイメージが崩れないように、ということです。
たとえば、はじめにちいかわとハチワレがチラシを見るシーンがありますが、ちいかわが横から手を出した時にグイっと奪い取るような仕草にならないようにしてほしい、などです。
その他、作画についてもすごく細かな部分のお願いをしました。主にキャラクターの表情の部分になります。眉毛の角度だったり、口の開きだったり。

オフィシャルインタビューより

映画を見た人はそのシーンがすぐに目に浮かぶと思いますが、最初にうさぎが持ってきたチラシを、ちいかわとハチワレが読むシーン。

ここで、ちいかわがぐいっと奪い取るような仕草にならないように…とは本当にキャラの個性やテーマを大切にしたい、まさに「神は細部に宿る」というような作者の想いが詰まった、こまやかな指摘だと感心しました。

また曲についても「島のテーマ曲を決めて、そのアレンジバージョンを何箇所かで流して欲しいというお願いをしました」と仰っています。

つまり、この映画「ちいかわ」は、忙しかったり様々な事情で原作者が映画制作に深く関われない場合が多い中で、すみずみにまで原作者の目が行き届き、指示が入った、原作者優先の映画づくりができていたということ。

それが多くの原作ファンにも違和感なく受け入れられ、新たなファンにもこの奇妙で独特な作品の魅力を存分に伝えられた、大きな要因になったのだろうと思われます。

で、この「原作者の想いをすみずみにまで活かす」「原作者自身が作品をコントロールする」というもの。

これは実は江戸時代の本づくりにも欠かせないものでした。


江戸時代は作者が挿絵のレイアウト指示までしていた!

実は、江戸時代のエンタメ小説といっていい、黄表紙読本と呼ばれる作品は、最初から挿絵ありきで作られていました。

作家は物語を考え、文章を書くのと同じく、紙面の中のどこにどう絵を入れるか、誰と誰が登場してどんな構図にするか、さらには口絵や題簽(だいせん/表紙に貼るタイトルの紙)に至るまで、すべて指示を出して、画工(絵を描く職人)に伝えていたのです。

山東京伝の下絵を見てみよう

例えば、下記は黄表紙作家として有名な山東京伝の下絵。

※黄表紙とは全ページが絵と文で構成された大人の絵本、いわばお江戸のコミック。

『呑込多霊宝縁記』(京伝の自筆原稿)/. 国立国会図書館デジタルコレクション


これをもとに、画工・北尾重政(京伝の絵の師匠)が書いて出来上がった完成品(版本)がこちら。

『呑込多霊宝縁記』(版本の同じページ)、画工は北尾重政/国立国会図書館デジタルコレクション

京伝は元は画工であり、自分でも挿絵を描くこともあるので絵はお手の物というのもあるでしょうが、かなり詳細に下絵を描いていますね。

そしてこう比べてみると、ほぼ同じ構図で画工は絵を仕上げているのがわかります。

このように作者が下書きまで書いて画工にレイアウト指示を出すのは、江戸の作家や版元(出版社)たちが、作品は文章だけでなく絵も込みで表現されるものだと考えていたからです。

たとえば、吹き出しこそないけれど、人物の横にセリフを添えたり、状況説明をしたり、隅々に読者をくすりと笑わせる洒落が入った模様などを忍ばせたり。

ときには「ここは何も書いてないけど作者が楽をしようとしたんじゃない?」なんてつっこみと共に墨一色のシーンまで登場します。
そのつっこみ込みで作品のオモシロさなのです。

さらに言えば、本文には書かれていない作者の意図を伝えることもあるのが江戸時代の挿絵の役割でした。

(これには、お寺などで絵を見ながら物語や教えを語り聞かせる《絵解き》の概念も関係しているのでは、と思ったり。絵はただ本文を理解しやすくするもの、綺麗な添えもの、というだけではなく、現代人が思うよりずっと「読み解くもの」であったのかもしれませんね←私論ですが)

曲亭馬琴の挿絵に対するこだわりぶり

我が国の伝奇小説の白眉、「南総里見八犬伝」を書いたことで知られる曲亭馬琴も、挿絵になみなみならぬこだわりを尽くした人でした。

絵や表記に誤りがあった場合、それをすぐさま訂正したといいます。

そのため、刊行された本の挿絵は厳しい馬琴チェックをくぐりぬけられたもの、と思っていいでしょう。

例えば「南総里見八犬伝」より。
まずは馬琴が書いた下絵(これまた朱書きで細かく指示がはいってますね)。

『南總里見八犬傳』第4輯巻4より/東京都立図書館(パブリックドメイン)


そしてこちらが完成版(絵は北斎の娘婿・柳川重信)。

『南総里見八犬伝』 9輯98巻 第四輯巻四/国立国会図書館デジタルコレクション

下絵だと画面左下にいる妙真(房八の母・新兵衛の祖母)が、画工が描いたものでは右奥からのぞきこむ配置になっています。

これは構図的に座敷を中心にしたほうが伝わりやすいという画工のプロ的工夫があって、それが馬琴の目に合格したからでしょう。

しかし、「信乃がほらがいをもつ」、「房八が右の肩先に深手を負っている」「ぬいは乳の下に深手を負う」「大八(子供)はやはり死んでいる」など、馬琴が書きこんだ朱書きの指示はきちんと守られています。

(それはそうと、さすがプロが描くと、ぐぐっとシリアスな絵になりますね…)

この八犬伝の挿絵を描いた柳川重信は、作家の指示に忠実な人だったそうで、だからこそ長年にわたって馬琴の挿絵を担当し続けられたのでしょうね。

ちなみに、これなんかもうそのまま、素人の絵をプロが手直ししただけ、という感じになってちょっと面白い。

馬琴の下書き。👇

『南總里見八犬傳』第4輯巻4より/東京都立図書館(パブリックドメイン)


プロの画工・柳川重信の完成画👇

『南総里見八犬伝』 9輯98巻 第四輯巻四/国立国会図書館デジタルコレクション


原作者こそ作品の主(あるじ)。リスペクトが何よりも大切

今回、ちいかわの映画化にあたって原作ファンやアニメファンが喜んだのは、原作者による作品世界のコントロールがしっかりなされていたこと。安心して、今まで魅了されていた世界を楽しむことができたことだと思います。

本当の作品世界は原作者の頭の中にしかないのですよね。
だから原作者こそが作品の主なのです。

もちろん、原作者一人で映像化ができるわけではありません。

ナガノさんも、「私が大事な部分を削ろうとしてしまった時に、(監督から)『ここは残した方が良い』と止めてくださったこともあった」と仰っているように、映像のプロの意見も柔軟に取り入れていったことも話されています。

しかし、それも監督が「作品やキャラクターの良いところを理解して、原作を大事にしてくれた」からこそでしょう。

前述した馬琴も、頭が相当堅いと自他ともに認めていたような人でしたが、下書きとプロによる完成画を見比べると、やはりより良くなると思えば画工のアイデアをしっかり取り入れています。画工もまた、作者・馬琴をリスペクトしていたのではないでしょうか。

※ちなみに馬琴の挿絵というと、有名なのは北斎とのやりとり。

馬琴が人物に草履を咥えさせるよう指示したら、北斎は「そんな汚いものは咥えさせられない」と応じなかったとか、言ったとおりに書かない北斎に馬琴はあえて人物の左右の位置を反対にして指示を出した、といった思わず笑ってしまうエピソードがあります。

こういうのも現場の作品づくりや二人の関係をのぞくようで楽しいですね。


おわりに

「原作者こそ作品の主」。

当たり前のようでいて、大きな商業作品になればなるほど貫くのが難しくなるその鉄則を、ナガノさんと映画チームは見事にやり遂げてくれました。

江戸の昔から私たちが愛してやまないエンターテインメントの面白さは、突き詰めれば
「誰かの熱意とこだわりが、細部にまで隅々に行き届いていること」
にあるのかもしれません。

たとえ原作者が諸々の事情で映画制作に関われない場合であっても、制作側が作品へのリスペクトを持っているかどうかはファンにはしっかりわかるものだと思います。

今回も江戸好きによる、ちいかわと江戸のエンタメの共通項の記事となりましたが、いかがでしたでしょうか。

ちいかわファンの方も、江戸に興味がある方も、「へ~そんなことがあったのか!」と楽しんでいただければ幸い。

お気軽にコメントいただけますとうれしいです。

それではまた、次の記事でお会いしましょう~♪


参考文献/
・『本の江戸文化講義 蔦屋重三郎と本屋の時代』鈴木俊幸著、株式会社KADOKAWA
・『山東京伝』佐藤至子著、ミネルヴァ書房
・『完本 八犬伝の世界』高田 衛 著、ちくま学芸文庫

■ 前回、前々回の記事はこちら👇


■ 江戸時代の文化や出版物について、軽く楽しく紹介しています。江戸時代の人魚が出てくる面白いお話もありますので、ついでにぜひ読んでいってください。江戸時代も「人魚は舐めたら若返る」なんていう話が題材になっていました。👇


いいなと思ったら応援しよう!

大和愛 江戸の面白ネタを掘り起こして発信中。サポートしてもらえると、さらに楽しい記事をお届けできます!