【あの頃の日記】放課後の僕たちは中原を駆け巡っていた━━MSX版『三國志』の記憶
##注意
##今回は、小学5年生当時の僕の記憶を元に、
##日記のていで書いたフィクションです。
昭和62年12月某日
今日は昨日、買ってもらったMSX2の『三國志』を、
アキハル、ホシ、サワザキ、シュウ、ウシオと僕で遊んだ。
画面に『志國三』と書いてあるのを見て、
シュウが「なんで反対に書いてあんの?」言った。
次にシナリオを選ぶ画面になった。
人数が6人だったから、シナリオ3「新時代の幕開け」にした。
7人の君主の顔と名前が出てきて、僕は袁紹という人にした。
アキハルは劉備、ホシが曹操、サワザキが劉表、シュウが孫権、ウシオが馬騰になった。
「これ音楽ないの?」とサワザキが言った。
「そのテープかけるんとちゃう?」とアキハルが言ったので、一緒に入っていた、カセットテープをかけてみたけど何も鳴らなかった。
このゲームは、自分の順番が来たら、「がいこう」とか「ぶしょうそうさく」とか「ほどこし」とかをやる。
たまに絵も出るけど、だいたい字ばかりで、「うまのかず」とか「たみのちゅうせいど」とかいろんな数字が書いてある。
最初はよく分からなかったので、説明書を見ながら適当にやっていたら、
アキハルが「ぶしょうそうさく」して諸葛亮が出てきた。
でも、仲間になっていなくて、どうすれば仲間にできるのかがわからなかった。
武将はいろいろいて、陸遜がかっこいい。
あと高覧はハゲていた。
「がいこう」でウシオがシュウのところに同盟を申し込んだ時、キーボードを操作していた僕が、面白そうだったので使者を殺したら、ウシオがちょっと怒ってしまった。
その後、洪水が起きて、アキハルが英語の塾に行く時間になったので、今日はそこまでにして、『タイムジャンプ戦国武将大決戦』で遊んで盛り上がった。
帰りにホシが「『三國志』も面白かったで」と言っていた。
今にして思えば 令和8年7月
日記の最後に出てくる『タイムジャンプ戦国武将大決戦』というのは、トミーから発売されていた、駒が戦国武将(織田信長や徳川家康、伊達政宗など)になった自動判定機能付きの軍人将棋です。審判がいらないので、二人で遊べるし、ルールもシンプル(軍人将棋なので)な、よくできたボードゲームです。
さて、今回の本題は光栄(現在のコーエーテクモゲームス)の『三國志』です。
僕が『三國志』というゲームに出会ったルートは2本ありました。
1本は、この当時、テレビ東京系で放送されていた『パソコンサンデー』(司会は小倉智昭)という番組です。基礎的なプログラムの解説や、新機種の紹介(X68000が憧れでした)などを中心に、ゲームの紹介コーナーもあって、そこでこの『三國志』を初めて観たんだと思います。
もう1本は、雑誌『ファミコン通信』で連載されていた片山まさゆき『大トロ倶楽部』です。ギャグ漫画ですので、『三國志』の回に限らず、ゲームの内容は滅茶苦茶なんですが、とにかく面白かったんです。
この2本のルートを経た僕は、
「『三國志』という大人が遊ぶメチャメチャ面白そうなゲームがある」とまだ見ぬ『三國志』に思いを馳せるようになりました。
実はこの年の4月に、僕はホビーパソコン・MSX2を手に入れています。
機種は「パナソニック FS-A1」。29,800円とパソコンとしては破格の値段とは言え、親が子供に買い与えるにはハードルが高いものでした。そこを「勉強にも使える!」+「一生のお願い!」+"土下座"の三弾攻撃で説得しました。
そして、迎えたクリスマス。
僕はMSX2版の『三國志』をリクエストします。
ただ、この『三國志』も定価12,800円。ファミコンソフトが5,000円~6,000円の時代ですから、これも高嶺の花です。ここでも「FS-A1」の時と同じ作戦+"お年玉の前借り"で親を説き伏せました。
小学生だった僕の行動範囲にPCゲームを売ってる店がなくて、父に頼んで買ってきてもらったのですが、父が買ってきたのは「MSX版」でした。
ただ、当時、PCゲームに関する情報は本当に限られていて、僕はそれが「MSX版」であることに気づかず⋯⋯と言うか、そもそも「MSX版」と「MSX2版」があることを分かっていなくて、そのことに気付いたのは、半年くらい経ってからだったと思います。
ちなみに日記の中に出てくる、ROMカセットとは別に同梱されていたカセットテープは、おそらくセーブデータの保存に使用する為の空のカセットテープです。
MSX版『三國志』はデータ保存にデータレコーダが必要でした。PCのデータを音声信号で保存する時代があったなんて、クラウドが当たり前の現代では想像もできないかも知れません。ちなみに僕はデータレコーダ未所持だったので、セーブできませんでした。
MSX版『三國志』は、タイトル画面でBGMが流れる以外は、ちょっと効果音が鳴るくらいで、基本は文字情報中心、しかも、君主や太守、人材登用だの外交交渉だのと、耳馴染みのない言葉だらけ。小学生にとってキャッチーとはいい難いゲームです。帰り際のホシの「面白かったで」は小学生なりに気を使ってくれた言葉だった気がします。
そうそう、タイトル画面には、日記のとおり、
「志國三」とタイトルが表示されていました。
これについて、父に質問したところ、
「1行に1文字の縦書きやねん」
という解説が返って来て、改めて父を見直したのを覚えています。
当時はまだ完結していなかった横山光輝の漫画、あとはNHKの『人形劇三国志』くらいが、『三国志』と子供の数少ない接点。
小学生にして歴史好きだったアキハルやホシが、かろうじて孔明や劉備、曹操の名前は知ってたかな?という程度です。ここも現代とは隔世の感がありますね。
なので、そりゃあ、当時の多くの小学生は『タイムジャンプ戦国武将大決戦』の方が盛り上がりますよ。
それでも、苦心して(親が)手に入れたゲームなので、説明書と格闘しながら、僕はアキハルやホシと『三國志』で遊び続け、気がつけば、放課後はうちに集まって、このゲームをプレイするのが日課のようになりました。
セーブできないから、数年間プレイして解散。
翌日はまた最初からやりなおし。
今考えると、バカみたいな遊び方ですが、
僕にとって、この繰り返しの毎日が最高に楽しかったのです。
昭和の終わりから平成の始めの記憶を【あの頃の日記】シリーズで書き綴っています。他のエピソードもよろしければ、読んでみてください!
