100万円でも売りたくなかった。夫に8万円で売られた「私のドラえもん」の話
「これ、売ったらいくらになるんかな」
たぶん私は、そんなことを言った。
でもそれは、
「売っていい」
という意味ではなかった。
ましてや、夫に勝手に売ってほしいなんて、一度も思っていなかった。
私には、どうしても手放したくないドラえもんのコレクションがあった。
「100年前ドラえもん」の記念ピンズセット。
限定品で、シリアルナンバーも入っていた。
発売された頃、私は大学生だった。
ちょうど1か月の実習で富山にいて、自分では買いに行けなかった。
だから友達にお願いして、代わりに買いに行ってもらった。
ただの「ドラえもんグッズ」じゃなかった。
そのときの自分や、友達に頼んだことまで含めて、思い出ごと残っているものだった。
もし今、
「100万円で売って」
と言われても、私は売らない。
そんなものだった。
それが、ある日なくなった。
最初は「ないな」と思った。
そして夫のお金の使い方にも、なんとなく違和感があった。
当時、家のお金は私が管理していた。
なのに夫は何かを買っている。
どこからお金が出ているんだろう。
調べた。
そして、メルカリの履歴を見つけた。
私のドラえもん。
8万円。
「8万?!?!あり得んやろ」
怒りより先に、ちょっと「無」だった気もする。
100万円でも売りたくないものが、8万円で売られていた。
しかも、自分の知らないところで。
夫は、私が以前言った
「これ売ったらいくらで売れるかな」
という言葉を、売ってもいいものだと受け取ったらしい。
たぶん、本当に私がここまで怒るとは思っていなかったんだと思う。
でも、そこじゃない。
もしあの日、本当に家にお金がなくて、今日食べるものにも困っていたなら。
もしかしたら私は、自分で「売ろう」と決めたかもしれない。
納得できる金額を調べて、自分で出品して、自分で手放したかもしれない。
でも、
「自分で売る可能性がある」
と、
「勝手に売られる」
は、まったく違う。
私が一番許せなかったのは、8万円という金額だけではなかった。
自分の大切なものをどうするかを決める権利まで、勝手に持っていかれたことだった。
夫に買い戻してと言った。
でも、履歴は削除されていた。
当時の私はメルカリにも詳しくなくて、夫から「もう相手は分からない」と言われ、それを信じた。
旦那、詰めが甘いくせに、こういうところだけ消す。
結局、私のドラえもんは戻ってこなかった。
同じ商品を買えばいい、という話でもない。
シリアルナンバーがある。
あれは、あのとき友達に頼んで買ってもらった「私のドラえもん」だった。
この記事を書きながら思い出して、普通にまた悲しくなった。
もし今、あの箱が突然目の前に戻ってきたら。
たぶん私は飛び跳ねて叫ぶ。
そして今度こそ、鍵付きの防湿庫に入れる。笑
この事件のあと、私は夫のお金の扱い方についていろいろ知ることになった。
私の財布から現金を取ることもあった。
後から、夫は昔から親の財布からもお金を取ることがあったと知った。
欲しいものがある。
待てない。
人からよく見られたい。
でもお金はない。
それでも欲しい。
夫は「悪いことだとは分かっている」と言う。
私は一時期、いろいろ調べた。
でも私は専門家ではないし、夫に何かの診断があるわけでもない。
今でも正確な理由は分からない。
ただ、私から見ると、
「悪いと理解していること」と、
「その瞬間に欲しい気持ちを止められること」は、
夫の中では別物なんだと思う。
後悔はする。
でも私は今でも、
「反省というより、バレたから後悔してるだけじゃない?」
と思うことがある。
そんな夫と、なぜ離婚しなかったのか。
これは自分でも何度も考えた。
もちろん許したわけではない。
今でも許していない。
夫が調子に乗っていると、
「ドラえもん……」
と出すことがある。
夫は気まずそうな顔をして、
「しつこいな〜」
と言う。
知らん。
やった方は忘れても、こっちは恨んでいる。笑
むしろ当時の私は、
「これでますます私の立場が強くなる」
くらいに思った部分もある。
何かあったとき、一生ネチネチ言えるカードを手に入れた、と。
我ながら性格が悪い。笑
でも、
ドラえもんを売られた=即離婚
とは私はならなかった。
物は大切だった。
ものすごく大切だった。
でも、夫も子どもも「人」だ。
売られてしまったものは、どれだけ怒っても戻ってこない。
そして夫には、腹が立つところとは別に、私にとって楽なところもあった。
夫は基本的に、私のやることを否定しない。
家を買いたいと言っても。
投資をしたいと言っても。
私が出掛けたいと言っても。
「みーのしたいようにしたらいい」
だいたいそれで終わる。
怒鳴ったり、威圧したり、逆ギレして怖がらせたりもしない。
私が怒ると、黙る。
たまに「聞いてる?」と思うくらい黙る。
それはそれで腹が立つのだけど。笑
でも、私は自分のやりたいことを自分で決めたい人間なので、この「否定されない」という部分にはかなり助けられてきた。
だから私は、夫の一番悪いところだけを切り取って、この人全部を決めることはしなかった。
結婚したのは24歳頃。
ドラえもん事件は26歳頃だったと思う。
そのとき私は、
「この人とは、生きてきた世界も、お金や欲しいものに対する感覚も違うんだろうな」
と思った。
24年かけてできた人間なら、24年かけて直すか。
そう思った。
そこから、我が家の「24年再教育計画」が始まった。
まず、家に見える現金を置かなくなった。
夜は財布を車に置いて鍵をかけ、車の鍵は私が持つ。
通帳などは貸金庫へ。
頻繁に使うものは、私の実家に置くこともあった。
何かあれば夫の両親にも事実を伝えた。
夫は人からよく見られたいタイプなので、これはかなり効く。
そして問題が起きたときは、すぐに
「ごめんなさい」
だけで終わらせないようにした。
なぜそうしたのか。
次はどうしたら起きないと思うのか。
対策は自分で考えてもらう。
私が全部答えを出したら意味がないと思ったからだ。
本当に考えていたのか。
考えているふりをしていたのか。
そこは今でも分からない。笑
それでも、少しずつ仕組みを作った。
「信じる」だけではなく、
「起こりにくい環境にする」
に変えた。
あれから約9年。
24年計画なので、まだまだ途中である。
最後に大きく問題になったのは1年くらい前。
子どもたちがお祝いでもらったお金に手を出していた。
特に自分の親から子どもたちにもらったもの。
だから、
「もう絶対にしません。完全に治りました」
なんて美しい結末は書けない。
むしろ万年治療中。
タバコみたいなものだと思っている。
ただ、以前より変わったところもある。
今は家計として置いている現金について、
「ここに○円ある」
と伝えておけば、それには手をつけない。
私たちも35歳になり、収入も昔より安定した。
お金に対する緊張感そのものも、若い頃とは変わった。
ちなみに夫は今でもコンビニで1日1,000円くらい使う。
会社で昼ご飯が出るのに。
何をそんなに買うんだろう。
そして先月、私は夫にクレジットカードを渡してみた。
上限は特に決めていない。
ちょっとした実験である。
カードを使うたびに、私にメールが届く。
夫は知らない。
今のところ、静かである。
24年計画、9年目。
まだ先は長い。
でも夫も少しずつ変わっている。
米も炊飯器で炊けるようになった。
そこ?と思うかもしれない。
そこです。笑
夫は欲しいものを我慢できない。
私はやりたいことを我慢できない。
方向が違うだけで、もしかしたら二人ともアクセルを踏みすぎるタイプなのかもしれない。
似たもの夫婦なのか。
それはまだ認めたくない。
ただ一つだけ確かなのは、
あのドラえもんだけは、
今でも返してほしい。
