心のゴリラ型の人が、どうしても苦手だった話
子どもの夏休みや冬休み、できるだけ家にいたい。
時間がある時にだけ働こうと思ったら、
ここ、田舎では農業系の仕事の募集がほとんどだ。
だから数年は「選果場」にアルバイトに行っていた。
「選果場」で働いているほとんどが、
70歳前後のおじいちゃん、おばあちゃんだ。
私はいくつかの選果場でお年寄りと関わり、
3回ほど泣かされた。
そのため彼らをじっくり観察し、危なそうな人物からはできるだけ逃げた。
観察していたら彼らにはパターンがある事に気がついた。
怒られるかもしれないが、誰かの役に立つかもしれないので
勇気を出して書いてみる事とする。
私が会ったお年寄は、2種類しかいなかった。
・心のゴリラ型
・もう、私(俺)はいつ死んでもいいの型
心のゴリラ型
心のゴリラ型のお年寄りは、常に何らかの形でマウントを取ろうとする。
マウントのとりかたについては様々だ。
威張る、嫌味っぽい、ずるい、フレネミー
(色々な組み合わせがある 威張る✖️ずるい、嫌味✖️ずるい など)
例)休憩場の席とり
誰かが座ろうとすると阻止してきたりするので、
皆嫌がって広い休憩場に2人しかいない、など。
彼女らはいつも快適そうにエアコンの風に吹かれていた。
その他の40人は灼熱の空の下で昼食をとるのだ。
もう、私(俺)はいつ死んでもいいの型
心のゴリラ型にはたくさんの種類があるが、こちらは至ってシンプルだ。
もう、私(俺)はいつ死んでもいいの という姿勢。
たまに本人が口に出してそう言ったりしている。
私が会った中では、優しい人ほどそっち側にいた気がする。
おいしいものを少しだけ食べて、コロっと逝きたいそうだ。
どこか満足気、少し寂し気な雰囲気で、他人にはほとんど興味がない。
与えられた仕事を淡々とこなし、他人が嫌がる事はしない。
体感だと、お年寄りが6人いたら2人は心のゴリラ型だ。
「選果場」は、常に心のゴリラ型との戦いの場であった。
と、同時に大切な事を学んだ。
心のゴリラは恥ずかしい。
私自身にひっそり潜む心のゴリラは解放し、ジャングルに逃してやろうと思った。
ジャングルの方が心のゴリラも周りも幸せなのだ。
目を瞑り、風を感じる。
心のゴリラは嬉しそうに声をあげドラミングした。
時々こちらを振り返りながら、走り去っていった。
(※全て個人の意見です)
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