古道と走ることについて
7〜9月は、さすがに長距離ランは控えます。でも、まったく走らないと体力が劣化していくので、暑さが和らぐ早朝か夕方に近所を軽く走っています。幸いなことに、海も山も家からちょっと走るとたどり着けるので、家に閉じこもっていることの気分転換やストレス解消にもなっています。あと、ビールを飲む言い訳にもなります。
そんなわけで夏場は投降が少なくなるので、走る目的やモチベーションなど改めて記したいと思います。何かの役に立ったり、共感を得られるかは疑問ですが、自分の中で一度整理したいと思っていたので。
今年はひとつの節目を迎えました。それは、普通に年金を支給される年齢になりました(あと1年仕事を続けるつもりなので、まだもらいませんが)。年齢的に走力、体力は落ちていく一方なので、できるだけ引き延ばすためにも走ること、歩くことを続けるつもりです。そんな背景も踏まえて、これからのことも記したいと思います。
走ること
そもそも若いときから走っていたわけでは無く、50代から走り始めました。走り始めた切っ掛けは、友達からフルマラソンへの参加を誘われ、長距離走ったことも無いのに秋の大会にエントリーして春から練習を始めました。今考えると無謀であり、いきなり走り込んだので夏前に膝を痛めました。なんとか大会までには回復して完走できましたが。
それでも、もっと速くなりたいとの気持ちが芽生え、マラソンブームもあり、毎週のように各地の大会に遠征をしていました。当時は毎朝出勤前に10km走るぐらい入れ込んでいました。体重もピーク時から20kgぐらい減って周りから病気を心配されましたが。
そんなことを3年ぐらい続けていましたが、あるとき健康診断の再検査で心臓肥大と診断され、お医者さんから「マラソンは止めなさい」と言われました。自分でも調べましたが、マラソンで心停止した人の高い割合で心臓肥大だったというデータがあるようです。
そんなリスクを冒してまで続けるモチベーションは無かったので、大会へのエントリーと毎日走ることは止めましたが、心身の健康維持のため、心拍数を上げ過ぎないレベルで週末走ることは続けて今に至ります。

古道のこと
自宅周辺の同じコースを走っていると、だんだん飽きてきます。近くに三浦半島縦断トレイルランのコースが通っていることを知り、そのコースを走ってみたり、三浦アルプスや鎌倉アルプスと呼ばれる山道を走ったりもしました。三浦半島周辺は大体走ったと思います。
そのうち、かつての街道や古道が自分の住んでいるエリアにも存在することを知ります(それまでは「熊野古道」ぐらいしか思い浮かびませんでした)。最初に意識して走ったのは浦賀道でした。そこから東海道、大山道、鎌倉街道などへと発展しました。
それらのルートを調べる中で、今昔マップや迅速側図、地図アプリのカシミール3D・スーパー地形など便利で魅力的なコンテンツの存在を知り、現地に行く前のルート探索の楽しさも知りました。
実際に現地に赴くと、地図には表せない古道の景色を感じることが出来ます。道の細さ、うねり、不規則さなど現在の道路には無い乱雑さですが、当時の往来や生活の風景が浮かんできます。同じように自らの足で進まないと得られない瞬間だと考えています(そもそも車だと進もうと思わない道ですし)。
そんな瞬間を追い求めていたら関東6県、静岡、山梨まで進出していました。

歴史のこと
各地の古道を走っていると、途中いろいろな史跡に出会い、記事に書くためネットで調べます(Wikipediaには助けられてます)。最初は時系列がバラバラの個々の情報でしたが、だんだんそれらが繋がって時代の動き、全体像が見えてきます。そうするともっと知りたくなって歴史の本を読んだり、ネットに公開されている文献を調べたりすることにも時間を費やすようになりました。
鎌倉街道を走っていると、一番よく出てくるのは畠山重忠でしょうか。江戸時代から各地で人気が高かったことを実感しました。
ドラマでは端役の登場人物(例えば俣野氏、稲毛氏、江戸氏)の史跡に出会うこともあります。彼らの背景と歴史を調べると、それぞれのドラマにも思いを馳せることができました。
後北条氏の支城を繋ぐ街道を走っていると、城自体と城を築く歴史背景にも興味が拡がってきました。室町期の関東全体の歴史に注目すると、北条氏の道は太田道灌の道になっていました。
歴史は時間的、地理的に繋がった出来事の連続なので、どんどん対象が拡がって興味が尽きません。

古道ランのこと
古道を走っていると、昔の人たちの距離感とのギャップを感じます。交通手段が発達していなかった時代なので、近隣の狭いエリアで生活していたかと思えば、現代の我々でも遠く感じる距離を当時の人たちは躊躇なく行き来しているように感じます。易々とでは無かったのかもしれませんが、人生の8〜9割は移動時間に費やしていたのではないでしょうか。
その長い移動時間に何を考え、感じていたのかを体感するのが自分の古道ランの目的のひとつです。その場面でいろいろ違うとは思いますが、共通して言えることは、いろいろなことを深く考えていたのは間違いないと思います。
戦い方や身の振り方など、着いてからでは無く、移動時間にじっくり考え抜いて、着いてからは迅速かつ迷わず行動に移していたのではないでしょうか。そのことが、昔の人の思慮深さ、潔さに繋がっていたのかも。
自分も走ったり歩いたりしているときに、いろいろなことを考えます。道や歴史のことだけでなく、仕事のことや身の回りのことも考えたりもします。ぐるぐる考えが逡巡していることもありますが、ぼんやりしていたものが少しづつ形が見えてきたりもします。思考手段としてもランは最適です。

これからのこと
昨年の夏前から愛犬が歳のため歩けなくなりました。その世話で長時間の外出が難しくなりましたが、家人の協力により、半日で戻れるぐらいのランは続けてこれました。
その愛犬も今年5月に亡くなりました。ずっと犬がいる生活だったので喪失感が強かったのですが、反面解放感もあり、これまで行けなかったエリアにも行けるようになりました。
当面は北関東、千葉、伊豆半島、山梨など一泊で行けるエリアへ、仕事を引退したら東北、東海、近畿地方などへも、魅力的な古道を選んで訪れたいと考えています。網羅的には行けないので、何らかのテーマや選定基準を設定すると思います。
遠征に時間を掛けられるようになりますが、体力が続かなくなるかもしれません。そのときは歩きでも続けるつもりです。

追記)
本記述途中に田舎の老母が骨折して入院したとの連絡があり、様子を見に今週帰省してきました。回復状態が良く、1,2ヶ月で退院できそうとのことですが、状況次第ではこの対応が最優先になりそうです。なかなか自由にはなりません。
