トマス・クランマーの生涯 はじめに(1)
少しずつですが、Diarmaid MacCullochの『Thomas Cranmer - A Life』の試訳を投稿していきたいと思います。
トマス・クランマーは16世紀の宗教改革の時代に、イングランドの教会がローマ・カトリック教会から分離し、独立した時のカンタベリー大主教でした。聖公会の特徴の一つに祈祷書を用いるという伝統がありますが、クランマーはイングランドにおける聖公会祈祷書のパイオニアとして憶えられています。私は2003年に聖公会の神学館の門を叩きましたが、入学後、このクランマーに関心を抱き、研究の対象にしてきました。
私の同僚の司祭からの刺激、励ましもあり、今回、クランマーの研究書の中でも秀逸な著作であるマカロックの本を翻訳していく決意をしました。600頁以上の重厚な本です。少しずつですが、頑張っていきたいと思います。
はじめに
本書は一人の男の人生の物語であり、それを可能な限り順を追って語るものである。読者たちはこのような膨大なテキストとなった本書にあるものを信じることに困難を見いだすかもしれないが、本書はある一人の物語について語るために入念に精選したものである。確かにこれは公平な物語ではない。私はこの物語を書きながら、その人生およびその死に様において論争を呼び起こし、見解が激しく対立した一人の人物の行動、動機、影響について意見することを私自身が享受したと言える。1556年にオックスフォードで火刑に処せられて以来、トマス・クランマーの物語はしばしばまったく対照的な2つの方法で語られてきた。クランマーは英雄として、また問題を引き起こした敵役として描かれてきた。いずれの場合も、語り手はより大きな物語、すなわち英国教会の物語について論評することを主たる目的としている。つまり、英国教会を正当化するか、あるいは斥けるか、またはカトリック的、あるいは福音主義的な性格を持つものとして提示することである。そうするのにはそれなりの理由がある。なぜならクランマーの生涯を世界のキリスト教会の一つの流れであるアングリカン・コミュニオン(全世界聖公会)の誕生へとつながることになった複雑な戦略から切り離すことは不可能であるからである。
【続く】
