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『偏見癖』に終止符を

(死ぬほど長くなっちゃったので小分けにしておきます。
暇なときにでもちまちま読んでいただければ幸いです。)

↓参加企画




1.   サバゲー編

私は私が嫌いだ。
こんなありきたりな書き始めしかできないところもそうだが、
たとえば、偏見癖。

私には、印象のみでそれが「スキ」か「キライ」かをハッキリと分別してしまうクセがある。

弟がサバゲーに傾倒していた時期も、
「教育に悪い」
と子どもにクレヨンしんちゃんを見せない母親みたいにサバゲーそのものへ不快感を抱いていたものだった。

「偏見癖」が嫌いだ。
私の中の教え、【誠実であれ】に反するゆえに。
「偏見」はあくまでも「偏見」であって、
それは実態をかなぐり捨てた身勝手な価値観にすぎないのだ。

しかしどれほど待ち侘びたところで、
偏見という厄介者は脳味噌からご退去願えない。
自らの手で追い出さねば。

だから行ったよサバゲーに。
1年前の2月に。弟について行く形で。


2.

厚着しないと風が堪える冬空は、子ども大人が入り乱れ駆け回る野原の下ではすぐに熱気の渦へと生まれ変わった。

ルールも
『敵チームのフラッグをとれ!』
とか
『なるべくいきのこれ!』
みたくスプラトゥーンくらいわかりやすい。

小銃ピストルすら握ったことのない私でもそれなりに楽しめた。

(当時の写真。初期の荒野行動みたい)

それはそれとして、

天皇陛下テンノォヘェカバンザァ〜イィ!!!」

と叫びながら背丈に合わないARアサルトライフルを抱える少年たちは、まぁそれなりに印象的だった。


総評として、サバゲーは「体験した上で」教育に悪いと(私は)思う。

弾を当てられたら自らHitヒット!」と申告して戦場から去るスポーツマンシップはひどく誠実かつ好ましいものだったが、

「私は御国おくにのために命を捧げることを誓いまァす!!!」

とか極右派の飼育場みたくなっていたあの場に不快感を覚えたのも理解してほしい。

ほんの少しだけピリついた私は、彼らに言った。
「じゃあ、A・B・C級戦犯の違いは判る?^^」



3.

結局私が言いたいことは、
“偏見は「更新されるべき仮説」である”

ということだ。

だから、『偏見』を消すために必要なのは、
『観測』であって、
『実体験』であって、
『偏見をアップデートしようとする意思・行為そのもの』
なのだと(少なくとも私は)思う。

私のサバゲーよろしくたまたま偏見どおりの結果(印象)になることも多々あるだろうが、それはあくまで「結果論」であって、

小銃を片手に走り回り名も知らない誰かとチームプレーを決める快楽は本物だったのだから。
確実に「なにか」は手に入る、という副次利点もある。

(今APEXのソロランク(赤の他人と即席チームプレイ)にハマっている)

そして、その思想は今日も変わらない。

だから今日(3月22日)も、「私の偏見」を殺しに赴きました。
どこに?

クルド人のお祭りネウロズに。



(3.5   幕間)

ちょっとあんまりにもな体験だったので、文体をさっきまでの硬い感じからいつものゆるめな感じに寄せます。許して。

さらにエッセイnote⇒ルポnoteへ急カーブ。まぁ主催も形式不問って言ってたからいいよね別に。

言質

今回の企画で私よりもスキが多い記事に歯を剥き出しているわけだが、
「嫌い」の“内容”で逆張りしてアイデンティティ出してる奴のまぁ多いこと。

(↑具体例)

やれやれ、青い。本当の逆張りはまずルールから破壊する。中身より概念分解コーナーで差をつけろ。



4.ネウロズ編

〜まえおき〜

【ネウロズ】
ノウルーズ(ネウロズ)は、イラン暦の元日。
(中略)
イランでは国家祭日とされている。

Wikipediaより

つまりは『クルド人にとっての春分の日』であり、日本でいうお正月くらいのお祭りです。

この祭日はもちろん本国あっちではたいそうなお祝いの日にあたるのだが、それは日本こっちでも変わらない。

毎年、日本在住のクルド人が埼玉県の公園を借りてお祭りをやっています。規模感で言ったら大きい小学校の運動会くらい。1000人ちょい?

(産経ニュースより。)

しかしながら、多くの日本人が「日本」、「クルド人」と来て次に連想するモノの9割は『移民問題』とか『不法滞在』なわけで。

(Googleサジェスト)

不法滞在者に残る課題が多くあるのは事実ですが、
国家主義アッチ側の人達はクルド人丸ごと親の仇が如く憎んでいます。冗談抜きで。ほんとに。

んで、「偏見を消す」ためにわざわざ埼玉の浦和まで向かうので、あらかじめ私に根付いている「クルド人への偏見」を書いておきます。

・暴力
・治安が終わっている
・テロリスト集団
・西川口駅で大麻を売っている(友人談)

この偏見から生え替わったものが
『私がネウロズで得た知識』
になるわけですね。

前置きが長くなりましたが、以下ルポです。



5.

〜当日〜

会場は西浦和駅からバスで15分くらいらしい。
当日限定でシャトルバスが出ていたが、無職のくせに自宅で服が決まらなくてバスを逃した私は徒歩で向かった。片道50分くらいかな。

運行が終わったことを西浦和到着後に知った私はそれなりに絶望した。が、見慣れない浦和の景色を視界にめいっぱい収め、

大東文化大学第一最寄りの高校に中指を立てる木の枝を鼻で笑ったり、

土手の草陰に埋もれたしょうじろうくんの野球ボールをグラウンドへ投げ返してやったりしているうち、予想よりもすぐに到着した。

(投げてやったボールは練習中だった少年野球チームの監督に回収され、そのまま内野ノックに使われた。
二度とあのボールが彼の手に戻ることはないだろう。)



6.

14時を過ぎたあたりで、会場のテントが見えてきた。
杉(?)の一本道を歩いていた私は、AirPodsのノイズキャンセリングでは打ち消せないほどの爆音で音楽から突き落とされた。警笛けいてき

見渡すと、警察官40人くらいが3つの川で大名行列を成している。
その横にカメラマンが1人、2人。

耳をすませば、
おそらく日本語ではないだろう怒声、
パトカーのサイレン、
そして視界の端には消防車。

なんで消防車までいたのかはマジで解らないが、
少なくともとんでもない場所に来てしまったであろうことだけは私でも解った。


やっと会場に到着。公園の外周にはドラクエの村人のごとく定期的に警官の集団が配置されている。

とりあえずメモと撮影。
私はあくまで「クルド人」を知りに来たのだ。
埼玉県警に用はない。

(受付裏の写真)

シャッターを切った直後、
2度目の警笛と、2度目の大名行列。

おもろの予感を気取けどった私は、リアルタイムを求めてスマホのカメラを開く。

私はレンズを左手で被った。
覆わなければならなかった。

お大名の中心で、担架に乗せられた人が運ばれていた。おそらく、気絶したクルド人だろう。
右派との暴力沙汰でもあったのか?

大名たちに罵声を浴びせるクルド人。
それをなだめるクルド人。
その他のクルド人は私たちの意識をそらそうと両手を振る。
止まない第三者ギャラリーのシャッター音。パトカーと救急車、それと消防車のサイレン。

私には解らないクルド語を貫いて、
「恥ずかしくないんですか!?」と甲高く叫ぶ女の声が特段響いた。

誰に向けての「恥ずかしくないのか」なのだろう。

彼女はどの立場にいるのだろう。

3度目の爆音。

民族音楽が大型スピーカーから鳴らされて、胸の奥に低音がドンと響く。

振り返ると、クルド人が輪になって踊っていた。

(こんな感じのBGMでした)


無性に酒が飲みたくなった。

そうだ。酒だ。

クルドのダンスとガキのサッカーを見てもただ虚しいだけなのは、きっと50分の徒歩移動が私を空腹にしてしまったからだ。
飯と酒がきっとこの虚無を洗い流してくれる。

私はキッチンカーのケバブ屋に貼ってあるメニュー表を睨み、クルド人の店員に注文を済ませた。

「ビーフサンドを甘口マイルドでひとつ、あと生ビールを」

「ビール、ナイ」

(代わりに「ラッシー」(甘くない飲むヨーグルト)を購入。
なかなかどうして美味しい。)



7.

ブルーシートでも持ってくればよかったと後悔してラッシーを飲み干したころには、私の虚無と件の暴動はだいぶ収まっていた。

私は軽く会場を一周した。

全体を鳥瞰してわかったことが2つある。
1つ、大人と子どものが同じくらいの比率でいた。

(説明になる写真をほとんど残していなかった。
けどいい感じの写真を撮っていたからOK)

大人がダンスに明け暮れるなか、子どもたちは露店のケバブにかじりついたり、
サッカーのドリブル対決に勤しんだり、
バドミントンのラリーに興じたりしていた。
地元の夏祭りに親が子を連れていくのと同じ感覚だろうか。

軽い散歩も終わるころに木の下で昼寝でもしようかと思ったが、3月の昼時の割にかなり冷え込んでいた。
少なくとも木陰で眠れる気温と爆音BGMではない。

ならば体を温めねば。

混ざろう。ダンスあれに。



8.

会場の全体を見てわかったことのもう1つは、
「ネウロズにはツラのいい踊り子が多い」ということだ。

しかも体型はかなりグラマラス(婉曲表現)で、色とりどりの民族衣装ドレスを着飾って耳のピアスが揺れる姿はたいへんにえっち(直接表現)。

それらがみんな手を繋いで踊っている。
あとは言うまでもない。

ある程度は同性どうしで手を繋ぐ暗黙のルール感はあったが、それはクルド人どうしの話。
日本人の私は「国際交流」という手札カードで無効化できる。


…そう簡単に行けば苦労しないわけで。

彼女いない歴=年齢の童貞が思いつきでやるナンパなんてそうそう上手くいくわけなく。これほどに私が向井理でも岡田将生でもないことを後悔した日はない。

迷って迷って会場を4周くらいして(挙動不審)、足りない勇気を振り絞って声を掛ける相手を決めた。1歩踏み出す。

半歩遅れた。
しらん日本人のおっさんがまったく同じ相手に声をかけた。
ざっけんなや!
ずるいぞチクショウ!!お前マジあとでくったばす
あっ!!男の方のグループに引き込まれてら!!
ハッ!!ざまぁみろ!!!

しかし。
それは私にとって目の前で同士が殺戮されたのと同義でもある。目の前で好きなが男をフってる…

いいもん。
私は巨乳女を勃〇しながら遠くで眺めてるくらいがお似合いな男なんだ。


否。

その思考こそ、私がもっとも忌み嫌うべき「偏見」じゃないか?
自身が自身にかけてしまっている呪いなのだ。

そもそもなんのために遅刻してまで服選んできたんだよ。
あとあいつと違って下心丸出しのブスいおっさんではないからな。いや下心はあるか。


失った半歩を取り戻す。

「Hey,Dance with me!」


「Dance!?キテキテ!!」

人生初のナンパは、いともあっさりと成功した。



9.

なんなら彼女の隣にいたクルド人女性(これまた美人)にも誘われ、それぞれ金と赤のドレスを纏った2人と手を繋いで(正確には小指と小指を繋いで)踊ることになった。

巨乳のねえちゃんに挟まれてダンスしたことはあるか?
私は「在る」。

私が火付け役になってしまったらしい。
2人目の彼女に『あなたもキテキテ!!』と誘われた者、
私の勇敢なる飛び込みに便乗する者。
ダンスの輪はそれなりに広がったんだから、仮にも私は国際交流に協力したことになる。

そのせいで最初に誘ったねえちゃんが隣から外れてしまった(片手に布を持っていたからたぶん端っこ担当なのだろう)のは誠に遺憾だったが、
それを差し引いても気分は悪くない。

めちゃめちゃほめてもらえた。

『Jêhatî!!』

『ジ、ジェティー?』

『ウマイ!ジョウズ!!』

『ウマイ!?』

ボックスステップでほめてもらえたのは人生ではじめてである。


会場のビートが止まったあと、彼女の代わりに小指を結ぶことになった日本人の男と話した。
彼がネウロズに来たのは2回目らしく、私と同じような動機だそうだ。

彼は言った。

「きっと、ネウロズは彼らクルド人にとって一年に一度きりの“日常を過ごせる日”だと思うんですよ」

私は聞き返した。

「と言いますと?」

「彼らにとって、日本での生活は“非日常”じゃないですか。日本じゃクルド人の主食なんて売ってないし、生活も文化も違う。
そんな日々を送るなかで、唯一“慣れ親しんだ文化に戻ることができる日”がネウロズだと思うんです」

「それ、私が考えたことにしていいですか?」

「いいですよ。」


(氏とTwitterを交換した。)



10.

その後は私たち2人に途中でいなくならなかったほうのクルド人のねえちゃんを交えて3人で話した。

「話した」のだ。

彼女はN4(英検でいう準2級相当)に合格しているらしい。
彼女の娘さんも、もはや日本人ネイティブと変わらないくらいの日本語を話せるそうだ。

彼女は“悪いクルド人もいる”と前置きした上で、

「日本に溶け込もうと努力しているクルド人もたくさんいる」

と言った。
ひとつ、学びが増えた。

だからこそ思うところもあるのだろう。
彼女(たち)も日本の極右過激派ナショナリストたちに怒りを示していた。直接私たちを見て、ケバブを食べて、ダンスを踊ったこともないのに、と。

もちろんその怒り、「嫌い」はそれらを先導するもの、つまりは国家主義ナショナリズムを先導する政治家に収束する。
より具体的にいうと、埼玉の戸田市議会議員に。

「カワイ〇ウスケ、私タチをちゃんと見ようと思わないカラ、ケバブも食べれナイ。
カワイユウ〇ケ、見ようと思わないカラ、ダンスもできナイ」

私はつい口に出してしまった。
彼女が聞き取りやすいように、ゆっくり。

“かわいゆうす〇、かわいそう”ってね」


私はもうひとつ学びを得た。
わかりやすい日本語のダジャレは外国人にバカウケする。



11.

帰路ではビーチ・ボーイズの『カリフォルニア・ガールズ』を聴いた。

クルド人の祭りの帰りにカリフォルニアの女の歌ってのは今日の趣旨を全否定している気もするが、とにかくそういう気分だった。
今日を整理するために、頭の中を空にできるスローテンポで明るい曲がほしかったのだ。

(こんな道を歩いた。)

そのままの気分で居たかった。

武蔵野線で、私は「例の事件」の全容を知った。


例の大名行列の担架で運ばれていたのはクルド人ではなく日本人。
加害者はクルド人。
私の当初の「偏見」が、本当に残念ながら当たっていたことになる。



1を知って10を知れる人は孔子しかいない。

1つの偏見をなくそうとするためには、残り9つの『事実』に真正面から向き合わなくてはならないのだ。

私はイランの国際情勢に詳しくはないし、日本人とクルド人の確執を取り払う方法なんて知る由もない。
あの事件が仕組まれたものだったのかさえ。

私は偏見が嫌いだ。
それと、自身に課せられた偏見癖も。
消しされるものなら消し去ってしまいたい。


完全に立ち位置を喪った私の頭の中では、
あの消防車のサイレンと
「日本に溶け込もうと努力しているクルド人もたくさんいる」
が反響していた。(了)



(↓Respected↓)

(私のよりも10倍おもしろわかりやすいネウロズのルポです。
こちらは会場の雰囲気なんかを細部まで記してくれています。
ネウロズが気になった方は是非。)

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