令和版 人間標本(へんてこ標本) 『創作アート』
第6弾:徳川の象と現代の旋風
「おおい、山が歩いてくるぞ! 鼻から水を吹き出したぞ!」
一七二八年、やってきた象は、江戸までの道のりで見世物として、あるいは神として、人々を熱狂させた。 その人気は庶民のみならず、ついには禁裏の雲の上にまで届く。中御門天皇は、この異国の巨獣に「広南従四位白象」という官位を授けられた。位階を与えられた象は、まさに四位の貴族として、並み居る武士を尻目に堂々と街道を練り歩いたのである。
その足元には、幕府が命じて敷かせた「新しい砂」がどこまでも続く。 人々は四位の位を持つ象が踏んだあとの砂を縁起物として奪い合い、果ては象が落とした「糞」までもが「万病に効く奇跡の薬」として高値で取引された。 得体の知れない貴族が排泄した塊を、人々は拝み、縋り、飲み込んだのだ。
今、令和の空を見上げれば、あの時の象と同じように、人々から最高位の期待を浴びる一人の女性がいる。
「日本を、取り戻す」「挑戦を恐れません、ぶれません」
スピーカーから流れる彼女の肉声、掲げられた力強い公約。 人々はその一挙手一投足に目を剥き、その言葉が発せられるたびに、かつての象が吹いた水のように人々は酔いしれる。その「公約」の断片を、まるであらゆる病を治す「薬」か何かのように熱心に拡散し、一心不乱に飲み込んでいく。
象は寂しく、糞はただの土に還る
だが、考えてみてほしい。 天皇から位を授かり、ありがたがられた象の糞も、熱狂が冷めればただの汚物に過ぎない。
将軍の関心が薄れ、人々の目が「新しい見世物」に移ると、象は「金のかかる巨大な厄介者」に成り下がった。 かつて象が吹く水に打たれて喜んだ民衆は、象が中野の狭い小屋で冬の寒さに震えていたとき、誰一人として見舞いには行かなかった。 あれほど「薬」として重宝した糞の恩返しに、藁一束届けようとする者さえいなかった。
象が中野の寒空の下、皮と骨ばかりになって息絶えたとき、その瞳に映っていたのは故郷の風景などではありません。自分を神と崇め、糞を奪い合い、そして最後には一束の藁すら惜しんで背を向けた、「あなた方」の薄汚い背中です。
令和の空に響くあの高らかな公約も、熱狂が醒めれば、ただのノイズとしてシュレッダーにかけられる。
私たちは、象の死骸の上でダンスを踊り、次の「新しい見世物」が鼻から水を吹くのを、よだれを垂らして待っている。
この静寂は、追悼ではありません。
次の獲物を探すための、飢えた沈黙です。
――覚悟のない方は、どうぞお引き取りを。
この標本の中には、救いも、天国も、一欠片の慈悲も入ってはいないのですから。
第6弾 徳川の象と現代の旋風
閉じさせていただきます。
