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偶像にしないという知恵

note2026 #101

偶像にしないという知恵

The Wisdom of Not Turning People into Idols

先日、学校公開で立教新座中学校・高等学校を訪れました。

いくつかの授業を、自由に選択して申し込むと参観できたのですが、なぜか倅が選んだのは宗教学の授業でした。

テーマは、旧約聖書の「十戒」にある

「偶像をつくってはならない」

という教えです。

私は正直、これまで「なぜ偶像をつくってはいけないのだろう」と深く考えたことがありませんでした。
国内外には、荘厳な教会があり、キリスト像もマリア様の像も、重厚な宗教画もたくさん観てきましたので、偶像崇拝という言葉はイスラム原理主義を思い浮かべる程度の認識でした。

授業では、生徒たちが思い思いに「神様」を描き、先輩たちの作品も見比べていました。

すると、そのほとんどが髭を蓄えたお爺さんの姿をした神様だったのです。
そして色づかいは"黄色"が圧倒的に多かったのです。

先生はこう話されました。

「人は目に見える形があると、そのイメージに縛られてしまいます。」

「それが先入観や偏見につながることがあります。」

なるほどと思いました。

偶像を禁じているのは、像を作ることそのものが悪いのではなく、人間が自分の思い込みを絶対視してしまうことへの戒めなのかもしれません。



その授業を聞きながら、私は企業経営のことを考えていました。

創業者の銅像。

創業者の肖像画。

創業者語録。

もちろん、創業者への敬意は大切です。

しかし、それがいつしか

「創業者は絶対に正しい」

という空気へ変わってしまうことがあります。

理念を受け継ぐことと、人物を神格化することは、本来まったく別の話です。



そんなことを考えていた矢先、山本五十六に関する記事を読みました。

私は前職で長年、管理職登用前研修を行なっていました。

戦略、マーケティング、人事、会計、そしてリーダーシップ。

そのリーダーシップ研修では、必ず山本五十六の有名な言葉を紹介していました。

やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。

話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。

やっている姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。


今読んでも、人材育成の本質を突いた素晴らしい言葉だと思います。

実際、私が新卒で入社した生命保険会社の研修所にも、この言葉の一節が掲げられていました。

私は37年前、この言葉を「率先垂範するリーダーシップの教科書」として学びました。

しかし還暦を迎えた今、その人物像そのものを学び直す機会が訪れました。

最近読んだ記事では、山本五十六は海軍内部で必ずしも高く評価されていたわけではなく、軍令部との対立や感情的な判断があった可能性について論じられていました。

37年ぶりに、私は山本五十六という人物を別の角度から見ることになったのです。



だからといって、この言葉の価値が失われるわけではありません。

むしろ逆でした。

山本五十六も、一人の人間だった。

悩み、迷い、ときには判断を誤ることもあった。

歴史の大きなうねりの前では、英雄と呼ばれた人物でさえ無力な場面があった。

そう考えると、山本五十六を神格化する必要はありません。

しかし、その人物が残した知恵まで否定する必要もありません。

人物と、その人が残した思想は分けて考えてよいのだと思います。



私は前職で長くNo.2という立場を経験しました。

常務に就任した頃、自分の中で一つだけ決めていたことがあります。

「役付役員になったんだから、オレは社長の困ったを解決しよう。」

社員から見れば、社長は何でも知っていて、何でも決められる存在に見えるかもしれません。

しかし実際には違います。

社長ほど孤独で、社長ほど悩み、社長ほど正解のない判断を迫られる立場はありません。

社長も一人の人間です。

全知全能の神様ではありません。

それにもかかわらず、多くの組織では社長を「偶像」にしてしまいます。

だからこそ、No.2や役員の役割は、社長を神様として崇めることではなく、一人の人間として支えることなのだと思います。

ただし、
そんなことを社長に聞かれようもんなら、
"おまえごときに何がわかる!
おまえがいつワシを助けた!"
と怒鳴られると思いますけどね(笑)
心で思うのは勝手ですから。



立教新座で聞いた宗教学の授業は、宗教だけの話ではありませんでした。

歴史にも、経営にも、組織にも、人材育成にも通じる話だったのです。

私たちは誰かを尊敬することはできます。

しかし、その人を絶対視した瞬間、自分の頭で考えることをやめてしまうのかもしれません。

だから、人は歴史上の英雄を神格化してはならない。

だから宗教は偶像を戒める。

だから組織は創業者を神様にしてはいけない。

敬意は払う。

しかし、絶対視はしない。

人は誰でも間違えます。

だからこそ、人ではなく、その人が残した知恵と向き合い、自分の頭で考え続けたいと思います。

立教新座で耳にした「偶像崇拝禁止」という一つの授業は、私にとって宗教の話ではありませんでした。

人を育てること。

組織をつくること。

そして人生を歩むこと。

そのすべてに通じる、とても深い教えだったように思います。

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