ショートショート 雪国
トンネルを抜けると、そこは南国だった。
どうやら、乗る電車を間違えたらしい。
島村はただ、川端康成の「雪国」の気分を味わいたくて、上越線らしき夜汽車に乗り込んだだけだった。雪深い温泉町で、駒子のような女と出会い、ガラス窓に映る夕景でも眺めながら、ひとり感傷に浸る予定だった。
ところが今、目の前にあるのは椰子の木と、強烈な蒸し暑さだった。
こういう、おっちょこちょいは、島村には昔からつきものだった。
たとえば、結婚式の日に、式場を一つ隣のホテルと間違えて、まったく知らない夫婦の披露宴に出席してしまったことがある。誰も止めなかったので、最後まで祝辞を聞いて、ご祝儀まで置いてきてしまった。
たとえば、富士山に登るつもりで申し込んだツアーバスが、実は富士急ハイランドへの一日遊園地コースだったこともある。山頂を目指すつもりで持ってきた登山靴のまま、絶叫マシンの列に並んだ。
たとえば、文豪に憧れて軽井沢の文学碑巡りをしようとしたら、降りる駅を一つ間違えて、結局その日は競馬場の近くで降りたち、馬券を握りしめて一日を終えた、というのもあった。
そして今度は、雪国気分を味わうはずが、南国行きの汽車に乗ってしまったのだ。
島村は椰子の木陰に座り込み、ハンカチで汗を拭きながら、こうつぶやいた。
「駒子は、きっと暑がりだったに違いない」
その声は、潮風にすぐさま運ばれて消えていった。
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