見出し画像

ショートショート AIコンプライアンス課



2038年。

すべての会社員は、発言する前に生成AIへ相談することが義務化された。

「不用意な発言による炎上リスクをゼロにするため」

というのが建前だった。



朝礼。

部長が立ち上がる。

「おは……」

部長は慌てて腕時計型AIに話しかけた。

「『おはようございます』はハラスメント表現に該当しませんか?」

三秒後。

「安全です。ただし、相手の体調を決めつける可能性があります。『本日もよろしくお願いいたします』を推奨します。」

部長は言い直した。

「本日もよろしくお願いいたします。」

社員全員が腕時計に確認する。

「『よろしくお願いいたします』と返答して問題ありませんか?」

三秒後。

会議室には、AIの返答待ちの静寂だけが流れた。



営業会議。

「この企画、どう思います?」

誰も答えない。

全員がAIに質問している。

「否定した場合、心理的安全性を損ないますか?」

「賛成した場合、責任を負う可能性はありますか?」

「沈黙は適切ですか?」

AIの回答は一致した。

『追加情報が不足しています。判断できません。』

会議は終了した。



昼休み。

社員食堂。

「今日はカレーですね。」

新人が笑顔で言う。

周囲が凍りつく。

「“今日は”という表現は、他の日の献立を否定していると受け取られる可能性があります。」

「“カレーですね”は、カレーであることを断定しています。」

新人は青ざめた。

「すみません。」

ベテラン社員が首を振る。

「謝罪も危険だ。」

「何について謝罪したのかが曖昧だからな。」



夕方。

社長が全社員を集めた。

「AIを導入してから、クレームはゼロになった。」

社員は拍手しようとして止まる。

拍手が苦手な人への配慮が必要だった。

「そして……」

社長は少し寂しそうに笑った。

「売上もゼロになった。」

誰も笑わない。

笑う前にAIへ確認する必要があるからだ。



翌日。

会社は「人間による最終判断」を復活させることを決定した。

その決裁書をAIへ提出した。

三秒後、回答が返ってきた。

「この判断については、人間が判断してください。」

その瞬間、社員全員が初めて同時に笑った。

もちろん、AIに確認する前に。

いいなと思ったら応援しよう!

岩鷹 | 習慣化 断酒 創作 よろしければ応援お願いします!いただきましたチップは有意義に使わせていただきます。