軽量化の良心── UCIの決めた6.8kg、欲望と危険のせめぎ合い
ロードバイクの世界は、ときどき軽さを道徳と履き違える。軽いのは善。軽くないのは怠慢。そういう空気がなくはない。ところがUCI(国際自転車競技連合)は、ここに無粋な線を引いた。「総重量6.8kg未満の自転車は、UCI管轄のレースでは、使用禁止」。
自転車競技連合(UCI)自転車競技規則 1.3.019 : 「自転車の重量は6.8kgを下回ってはならない。」
この制定は2000年。それから四半世紀が経った今も条文として生きているし、その思想も背負う。「機材より人間が主役」ということだ。
カーボンが軽さの欲望をあからさまに刺激し、現実とする世の中にあって、25年間もの間、技術者の野心とマーケティングに静かにブレーキをかけ続けてきた。安全のため、ではあるが、同時にこれは「金のある者が勝つ競技」に傾くのを抑える装置でもある。だから厄介で、面白い。
そして現代、物事はさらにややこしくなっている。重量6.8kgを下回る市販完成車が珍しくない今、その線を下げるべきだという声も聞こえてくる。しかしUCI側は、安全試験の裏付けが揃えば見直し得る、という含みを残しつつも、軽々には動かない。 この富士山のような不動は、軽量化に対する良心なのか、進化を邪魔しているものなのか。その境目を、菊地さんに聞いてみた。
菊地武洋:
40年近くにわたるスポーツ自転車・ロードバイクのジャーナリストであり、それ以上に輪界(スポーツ自転車業界)の情報通。元『サイクルスポーツ』バリバリの編集部員。一般誌でもロードバイクの記事を多数執筆し活躍。その著書多数、著書の数々はここをクリック。『ロード買うなら業界一の自転車バカに訊け!』と著書タイトルにつけられるぐらいの自転車ナントカで、そのタイトルに偽りなし。https://www.instagram.com/tachehilo/
中村浩一郎:
学生の頃から自転車専門誌にマウンテンバイク関連の記事を執筆、当時知り合った菊地さんにそそのかされフリーライターになる。『ターザン』『リラックス』『ブルータス』などの雑誌に執筆した後、自転車ブランド数社のコピーライターや翻訳を手掛ける。ロードレース・トラックレースのレーシングチーム広報などを経験して、今は普通のダートジャンプ好き。https://www.instagram.com/denpasonic/
浩一郎 : みんなが一生懸命「軽く、軽く」で進んでいくなかで、今となってはUCIの設定した6.8kgの話って、どうなってんの? いよいよ形骸化し始めたの?
菊地: あのねえ。昔は「ふざけんなUCI」って思ってた。「機材の進化のさまたげになるようなことするなよ」って。でもね、やっぱりあの6.8kgがないと危ない自転車が大量生産されちゃうんだよ。
浩一郎 : (笑)。それは今となっては理解できるね。
菊地: だからさ、どうせ6.8kgまでしか軽くできないなら、まっとうに作ろうって話になるでしょう。でも、全部オープンにしちゃうと、もがいてる最中にハンドルが折れましたとか、ハブシャフトが折れましたとかに、なりかねない。
浩一郎 : 真面目に考えると、そうだよね。
菊地: 実際問題、6.8kgを下回ってるバイクは、今なら完成車メーカーでも普通に出てるよね。スペシャライズドだって、スコットだってそうだし。乗ったけど、壊れそうな雰囲気も全くない。
昔さ、90年代前半くらいまでの軽量バイクって、乗ると「死んじゃいそう」だったんだよ。「いろんなところがたわんでて、怖い」みたいな。「下れないよ、、こんなおっかねえの」って思ったけど。
今の軽量バイクは、そういうのがない。ちゃんとしてる。多少弱いなって思う瞬間はないことはないけど、昔みたいな「どこ行っちゃうかわかんない」みたいな、そんな出来の悪い自転車はもうないよね。
浩一郎: ちゃんとした強度計算というか、実験も含めて、しっかりやってるわけだからね。重りをつけてわざと重くして、実際のレースでも使ってたりするわけでしょ。
菊地: そう。だからフレームの強度は大丈夫なんだけど、完成車でクラッシュテストをやっているわけじゃないから、安全だとは言えないでしょ。
中村: プロの世界みたいに“速さ最優先”で危険な領域を攻める人たちだと、さすがに『6.8kg以下のバイクは……ちょっと待て』ってなるね。
菊地: どうかな。UCIが決めた6.8kgって数字、なかなかいい数字だと思ってるんだよね。
中村: あれってさ、ちゃんと考えたギリギリで計算した数字ってことだよね。これ決まったの何年前だっけ?
菊地: 2000年だよ。ギリギリなんて計算していないと思う。でもね、若い世代が競技をする時に、機材の差が競技の差として出過ぎないようにする、そういう意味で、ある程度「弱い側」のためのルールなんだよね。
中村: 弱者”っていうのは、金持ちじゃない、力のない人ってこと?
菊地: うん。モータースポーツみたいに『金があるほど勝てます』にならないためには、一定の抑止力になっている。
中村: なるほど。経済弱者っていう意味の弱者だ。
菊地: 自転車競技において、それは大事だと思うんだよ。ヨットとか乗馬のような富裕層だけのスポーツじゃないでしょ。もっと開かれたものにしたいっていう意味なんじゃない?
これを5kgまでOKにしちゃったら、別にそれでもレースは成り立つんだけど、そうすると出られる人の数が減ってしまう。勝負するための機材が高すぎちゃうから。
中村: うん、そうだよね。
菊地: 反対にさ、『6.8kg以下の自転車じゃないとレースに出られません』ってルールにしたら、出られない人が大量発生するよね。
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