朔日詣り
福岡県福津市にある宮地嶽神社へ、毎月恒例の朔日詣りに出かけた。
九州北部はちょうど梅雨入りが発表されたばかりだが、境内はすでにこの時期ならではの風情に彩られていた。手水舎には夏の花が添えられ、境内一面には花菖蒲が咲き誇っていた。また、今月の授与品として用意されていたのは、花菖蒲の蕾がついた花茎だった。
境内の花菖蒲は、敷地内で生育されている株を、大きなプランターに移し替えて並べられたものだという。約100種5万株、計数十万本ともいわれる江戸菖蒲が咲き誇る光景は圧巻の一言。いつもは参道と広場だけの境内が、この時期だけは突然、華やかな花菖蒲園へと変容するのである。
地元北九州で会社を経営する義姉の朔日詣りに、ほぼ毎月運転手として同行している。しかし自分はいつものように何も願わず、何も祈らず、ただ手を合わせるためだけに石段を登る。
二礼、二拍手、一礼。
その瞬間、日常の中にぽっかりと真空のような静寂が立ち現れる。
その空白のひとときには、季節が巡るたびに移り変わる風情と、いつも変わらぬ神聖さとが同居する。神社参拝とは、神域と俗界との境界線上に立ち、その二つの狭間で揺れる自分を見つめる機会でもあるのだろう。
神鏡の向こう側に潜む静寂と、鏡に映る静寂とが出合うとき、前のめりでもなく、後ろ向きでもない、ニュートラルな状態へとリセットされる瞬間が訪れる。心なしか、花菖蒲の凛とした佇まいが、静寂をより神聖な領域へと引き上げるような気もする。
朔日詣りの「ついたち」とは、「月立ち」がイ音便化したもの。旧暦では新月の日が新しい月の始まりとされ、新月の日に参拝することが朔日詣り本来の意味だった。実際にその慣習に従って参拝すれば、このリセットされる感覚がより鮮明なものになるのかもしれない。
参拝した午前中は晴れていたが、この日は午後から台風が接近する予報が出ていた。昼過ぎからは次第に風雨が強まり、翌朝まで大荒れの天候が続いた。
しかし、嵐が去った後の街には、浄化が起こった後のような清々しい静けさと安堵が広がった。
これからしばらくは、梅雨の長雨が続く。
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福岡県福津市 宮地嶽神社









Embraceable You
Martin Taylor
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