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②メッシを知り尽くしたスペイン代表

もしメッシが「伝説的な創業社長」だったなら

2026年のワールドカップでスペイン代表を見るとき、注目したいのは若さや技術力だけではありません。

現在のスペイン代表には、リオネル・メッシとFCバルセロナで同じ時間を過ごした選手、同じ育成組織で学んだ選手、そしてスペイン国内リーグで対戦相手としてメッシを研究してきた選手がいます。

彼らにとってメッシは、単なる世界的スターではありません。

ある選手にとっては憧れの存在であり、ある選手にとっては元同僚であり、またある選手にとっては、何度も自分たちの守備を破壊した最大の競争相手でした。

これをスタートアップ企業に置き換えるなら、メッシは世界的なサービスを生み出し、長期間にわたり会社の成長を牽引した「伝説的な創業社長」のような存在です。

そしてスペイン代表は、その創業者のもとで働いた社員、創業者が築いた企業文化の中で育った若手、さらに競合企業から創業者を徹底的に研究してきた人材が集まったチームだと考えることができます。

創業者は退任しても、組織から消えない

メッシは13歳だった2000年にFCバルセロナの育成組織に入り、2021年まで約21年間も在籍しました。

トップチームでは長年にわたって中心選手を務め、多くのタイトルを獲得しています。しかし、メッシが残したものはゴールや優勝回数だけではありません。

どの位置でボールを受けるのか。
どのタイミングで相手を引きつけるのか。
自分で突破するのか、それとも味方を使うのか。

こうした判断の積み重ねが、FCバルセロナという組織の基準を引き上げました。

スタートアップでも、優れた創業者が会社を去った後に残るのは、売上やプロダクトだけではありません。

顧客にどこまで向き合うのか。品質をどこまで妥協しないのか。難しい局面で何を優先するのか。採用する人材に何を求めるのか。

創業者の判断基準は、明文化されていなくても、組織の中に蓄積されていきます。

2021年、メッシ退団後のFCバルセロナ、そして現在のスペイン代表にも、メッシが引き上げた「世界最高水準」が残っています。

元部下だけでなく、後輩にも創業者の思想は受け継がれる

今回のスペイン代表には、メッシとFCバルセロナのトップチームで時間を共有した選手がいます。
一方で、ラミン・ヤマルやパウ・クバルシのように、メッシとは直接一緒にプレーしていなくても、FCバルセロナの育成文化を受け継ぐ若い選手もいます。

この違いは、企業でいえば「創業者と直接働いた世代」と「創業者退任後に入社した世代」の違いです。

直接働いた社員は、創業者の判断や振る舞いを実体験として知っています。しかし、組織が長く成長するためには、創業者と会ったことのない社員にも、その思想を伝えなければなりません。

そこで重要になるのが、育成の仕組みです。
(スペインのフットボールクラブの下部組織、カンテラについては別の章で解説します。)

FCバルセロナのカンテラ、なかでもラ・マシアは、単に技術の高い選手を集める場所ではありません。ボールを大切にすること、周囲を見て判断すること、個人の能力をチームの成果につなげることを、若い年代から繰り返し学ばせます。

スタートアップにとってのカンテラとは、新卒採用や若手研修だけを意味しません。

採用、オンボーディング、日々の会議、顧客対応、権限移譲、評価制度までを通じて、「この会社ではどのように考え、どのように判断するのか」を伝える仕組み全体です。

創業者のカリスマに依存する会社は、創業者が不在になると弱くなります。

一方、創業者の思想を育成システムに変換できた会社は、創業者がいなくても、新しい才能を生み出し続けることができます。

競合企業もまた、創業者を最もよく知っている

今回のスペイン代表には、FCバルセロナでメッシと一緒にプレーした選手だけでなく、ラ・リーガで対戦相手としてメッシと向き合ってきた選手もいます。

彼らは、メッシにあこがれて、ラ・リーガに入り、チームの同僚として、強豪チームで対戦してきました。
メッシの強さを外から見ていたわけではありません。試合前に映像を分析し、守備の方法を考え、実際のピッチでその想定を超えられてきました。

つまり、メッシを最も深く理解しているのは、元同僚だけではなく、長年戦ってきた競合側の人材でもあるのです。

これはスタートアップやVC、CVCにとって重要な示唆です。

企業は自社の成功事例ばかりを振り返りがちです。しかし、自社の強みや弱みをよく知っているのは、顧客だけではありません。
競合企業、失注先、過去に採用で競った会社、自社サービスから乗り換えた顧客もまた、貴重な情報を持っています。

競合分析とは、相手の機能や価格を比較するだけではありません。

なぜその企業は顧客に選ばれるのか。
どこに再現性があるのか。
創業者の個人能力に依存しているのか。
組織として強いのか。
どのような人材が育っているのか。

そこまで観察して初めて、本当の競合分析になります。

スペイン代表の選手たちは、メッシに憧れながらも、同時にメッシを倒すための研究も重ねてきました。この「尊敬と分析の両立」は、スタートアップ企業にも必要です。

偉大な創業者をコピーしても、次の時代はつくれない

ただし、現在のスペイン代表が目指しているのは、メッシのコピーをつくることではありません。

ヤマルを「次のメッシ」と呼ぶ声はあります。しかし、組織が本当に強くなるために必要なのは、過去のスターを再現することではなく、そのスターが引き上げた基準を土台に、次の時代に合ったチームをつくることです。

スタートアップでも同じです。

成功した創業者の話し方、営業方法、意思決定を、そのまま若手にまねさせても、同じ成功が再現できるとは限りません。市場環境も、競争相手も、顧客の期待も変化するからです。

受け継ぐべきなのは、表面的なスタイルではありません。

顧客を見る視点、勝負どころを見極める判断力、変化を恐れない姿勢、チームの成果を優先する考え方です。

創業者の方法をコピーするのではなく、創業者が持っていた「判断の原則」を次世代が自分なりの方法で実践する。それが、本当の事業承継ではないでしょうか。

VC・CVCは「次のメッシ」だけを探していないか

VCやCVCは、突出した起業家を探します。市場を変えるビジョン、圧倒的な営業力、技術力、発信力を持つ創業者は、投資判断において大きな魅力です。

しかし、メッシ級の個人を見つけることだけが投資ではありません。

その創業者の周囲に、ペドリやガビのように一緒に戦える人材がいるのか。ヤマルやクバルシのような次世代が育っているのか。さらに、競合を研究し、自社の戦い方へ転換できる組織能力があるのか。

見るべきなのは、創業者個人の能力だけでなく、創業者の能力が組織に移植されているかどうかです。

創業者がすべての商談に出なければ売れない。創業者がすべての採用を決める。創業者が不在だとプロダクトの方向性が決まらない。

こうした企業は、強いように見えて、実は創業者への依存度が高い企業です。

一方、創業者が築いた価値観を共有し、若手が判断し、異なる世代が連携し、新しいスターが生まれる企業は、長期的な成長可能性を持っています。

スペイン代表が示す「創業者を超える組織」

メッシに憧れ、メッシとプレーし、メッシと戦い、メッシを研究してきた選手たち。

現在のスペイン代表の強さは、メッシを知らないことではなく、むしろメッシを知り尽くしていることにあります。

しかし、彼らはメッシの影を追い続けているわけではありません。その経験を自分たちの組織能力へと変え、新しいスペイン代表をつくろうとしています。

優れた創業者が生まれることは偶然かもしれません。

しかし、その創業者から学び、競合からも学び、次世代を育て、創業者がいなくても成長できる組織をつくることは、経営の意思で実現できます。

メッシという偉大な創業者を知り尽くしたスペイン代表。

その姿は、スター起業家を探すだけではなく、スターが育ち続ける仕組みをどうつくるかという、日本のスタートアップ、VC、CVCへの問いかけでもあるのです。