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④スペインの「カンテラ」から学ぶ、スタートアップと新規事業の育て方

スペインサッカーの強さを支えているものは、有名選手の獲得力だけではありません。その土台にあるのが、「カンテラ」と呼ばれるクラブの下部育成組織です。

カンテラは、スペイン語で「採石場」を意味します。
原石を見つけ、時間をかけて磨き、トップチームで活躍できる選手に育てる。この考え方は、スタートアップ企業の成長支援や、VC・CVCによる投資先育成、さらに大企業の新規事業開発にも多くの示唆を与えてくれます。

カンテラは、単なる若手選手の養成所ではない

カンテラを日本企業に置き換えるなら、「新人研修」よりも、「将来の経営者、事業責任者、専門人材を継続的に生み出す仕組み」に近い存在です。

子どもたちは年代別のチームに所属し、技術だけでなく、判断力、戦術理解、コミュニケーション、クラブの歴史や価値観まで学びます。優秀な選手を外部から集めるだけではなく、長い時間をかけて「そのクラブらしい選手」を育てていきます。

スタートアップに例えれば、単に優秀な人材を採用するのではなく、自社のミッション、顧客理解、意思決定の基準、仕事の進め方を、組織全体で共有することに当たります。

採用した人材に毎回ゼロから会社の文化を説明する組織と、若手の段階から価値観を共有している組織では、事業環境が変化したときの判断スピードに大きな差が生まれます。

ラ・マシアは、経営理念を現場の行動に落とし込む仕組み

FCバルセロナの育成組織「ラ・マシア」は、世界で最も有名なカンテラの一つです。

特徴は、トップチームから少年年代まで、ボールを大切にすること、周囲を見て判断すること、仲間と連動することなど、共通したプレースタイルを持っている点です。

これは、企業で言えば、経営理念が額縁に入れて飾られているのではなく、商品開発、営業、採用、顧客対応といった日々の行動にまで落とし込まれている状態です。

例えば、「顧客中心」を掲げる企業でも、営業部門は短期売上、開発部門は技術的な完成度、管理部門はリスク回避だけを優先していれば、組織は別々の方向に走ってしまいます。

一方、ラ・マシアのように、すべての年代と部門が共通の原則を持っていれば、若い選手がトップチームに昇格しても、周囲と同じ考え方でプレーできます。スタートアップにとっては、社員が10人から100人、さらに300人へ増えても、創業時の価値観を失わないための仕組みと言えるでしょう。

レアル・マドリード型は「全員を自社に残さない」育成モデル

レアル・マドリードの育成組織は、「ラ・ファブリカ」と呼ばれます。日本語では「工場」という意味です。
2000年代のリーグ、ラ・リーガ、特にレアル・マドリードには海外のスター選手が多数集まるようになっていました。
レアル・マドリードで鍛えられたスペイン代表選手とFCバルセロナの選手が2006年ドイツ大会の主力メンバーでした。
その後は、FCバルセロナの先週を始め、多数のラ・リーガのチームから選抜されるようになりました。
今回の代表メンバーの中心に、FCバルセロナの選手が少ないのは、象徴的です。

海外のスター選手が引き続き、レアル・マドリードには在籍していますので、それゆえ、育成した全選手をレアル・マドリードのトップチームに昇格させることが目的ではない点が特徴でもあります。
トップチームに定着できなかった選手も、スペイン国内外のクラブでプロとして活躍しています。

これは、VC・CVCのポートフォリオ経営に似ています。

すべての投資先が同じ成長曲線を描き、自社との事業提携やM&Aに進むわけではありません。それでも、投資先企業が別の市場やパートナーの下で成長すれば、投資先ネットワーク全体の価値は高まります。

大企業の人材育成でも同様です。育てた人材を必ず自部門に囲い込もうとすると、成長機会が限定されます。別部門、子会社、投資先、社外のスタートアップで活躍することまで含めて考えれば、人材育成は「流出コスト」ではなく、「エコシステムへの投資」になります。

Bチームは、新規事業の実証実験の場

スペインのカンテラで重要なのが、トップチームの一つ下に位置するBチームです。若手選手は、育成年代を終えると、いきなり世界最高峰のトップチームに入るのではなく、Bチームで大人の選手を相手に実戦経験を積みます。

これは、新規事業におけるPoCや、限定地域でのテスト販売、少数顧客を対象にしたβ版の提供に近い仕組みです。

企業では、研修を受けた若手に、いきなり数億円規模の事業責任を任せることはできません。しかし、失敗しても会社全体への影響が限定される環境で、顧客対応、予算管理、チーム運営を経験させることはできます。

カンテラが優れているのは、「学ぶ場所」と「本番」の間に、実践的な中間地点を設けていることです。

スタートアップやCVCにも、会議室で事業計画を評価するだけでなく、小さく市場に出し、顧客の反応を受けながら人材と事業を同時に育てる「Bチーム型の場」が必要です。

アスレティック・ビルバオは、地域資源に集中する戦略

アスレティック・ビルバオは、バスク地方出身、または地域で育成された選手を中心にチームを構成する、世界でも珍しいクラブです。

資金力のあるクラブのように、世界中から有名選手を買い集めるのではなく、地域の育成組織とネットワークに徹底的に投資しています。

これは、地方発スタートアップや地域金融機関、地域型CVCにとって参考になるモデルです。

東京やシリコンバレーの流行をそのまま追うのではなく、地域に存在する製造技術、大学、医療機関、観光資源、農業、物流などを起点に事業をつくる。対象を限定することは、一見すると不利に見えますが、長期的には独自性と競争力になります。

「何でもできる」ことより、「この領域なら自分たちが最も深く理解している」と言えることが、スタートアップの強みになるのです。

カンテラが教えるのは、選手ではなく仕組みを育てること

カンテラの本質は、天才を偶然発見することではありません。才能を見つけ、段階的に機会を与え、失敗を経験させ、クラブの哲学を共有しながら、継続的にトップ人材を生み出す仕組みにあります。

スタートアップ企業は、即戦力人材の採用だけに依存せず、若手が挑戦できる役割と実践の場を設ける。VCは、資金提供だけでなく、採用、営業、経営管理、次の資金調達まで含めた育成環境をつくる。CVCは、投資先を大企業のルールに合わせさせるのではなく、実証実験や顧客接点を提供し、成長の舞台を用意する。

サッカーでは、試合に出なければ選手は育ちません。ビジネスでも、会議や研修だけでは経営人材は育ちません。

重要なのは、失敗しても再挑戦できる小さな実戦の場をつくり、その経験を次の挑戦につなげることです。

スペインの強さは、数人のスター選手によって突然生まれたものではありません。何年も前から原石を探し、育て、試し、次の世代へ哲学を受け渡してきた結果です。

スタートアップ・VC・CVCにとっても、目の前の成功企業を探すだけでなく、将来の成功企業や経営者が育つ「カンテラ」を、自らのエコシステムの中につくれるかどうか。それが、持続的なイノベーションを生み出す鍵になるのではないでしょうか。