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おしらせ:対談企画(服部先生、東京大学)

既に東大の服部先生がXやnoteで宣伝して下さっておりますが、集英社さんの企画で対談させて頂きました。

経済メディア戦国時代
前後編のうち、昨日は前編、本日は後編が公開されております。前編は「経済メディア戦国時代の中、どうやって情報の取捨選択をしていくべきか」という教育的な目線での議論となります。日々、東大の学生さん達を相手に授業をされている服部先生の目線は非常に参考になりました:

対談途中からも示唆されている通り、やはり我々(40代半ば以降)の世代から見ますと、現在の若年世代は学習素材に恵まれており、むしろ恵まれて過ぎていることによる弊害を憂慮するレベルに来ていると思います。

個人的には多様な情報に接するだけではなく、特定の書籍や論文などを定めて、それを繰り返し読む、掘り下げる、要約する(果てはちょっと写経してみる)などの愚直な作業を繰り返すことが結局、遠回りに見えて最も血肉になる作業かと思います。サッカー日本代表の森保監督は「凡事徹底」を連呼していましたが、私も好きな言葉です。AIに聞けば100点の”結果”が得られる可能性もありますが、重要なことは「100点の答えが得られる」までの”過程”であり、その過程の質が上がることを成長と呼ぶのだと思います。

…と対談ではそこまで突っ込んだ話をしているわけではありませんが、金融教育が国策として取りざたされる中、真面目にその意味を考えることの重要性は増すばかりだと思います。ご参考になれば幸いです。

経済政策の在り方
後編は経済政策の在り方について議論しています。河野龍太郎さんとの「世界経済の死角」でもお話ししたことですが、やはり日本の政策論壇は一発逆転の妙手にすがる雰囲気が強まりやすいという特徴があるように思います。これはひとえに基礎知識の欠乏から来ているように思えます。

対談中に「そういう基本的な知見を積み上げていくことが陰謀論を退けることに繋がると思います。結局、「 地味だけど、普遍的な議論」が一番大事」という箇所があります。過去、齊藤誠先生も著書(競争の作法)の中で「堅実な観察に基づくシンプルな議論の力にはかなわない」と仰っていました。一次データ(確実な事実)に当たり、何が言えて、何が言えないのかをチェックすれば、百戦危うからずだと思います。

やはり陰謀論に嵌まる向きというのはその前提知識が欠如し、知識不足への不安から議論の相手に直情的になるという実情があるように思います。日本では批評と批判の区別が曖昧なるシーンがとても多い気がします。

いずれにせよ、服部先生の近刊含め、中立的なお話は立場を超えて学ぶ甲斐があるものかとは思います:

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