『平場の月』小説と映画の幸せな補完関係
まず小説を読み、それから映画を見ました。たっぷり『平場の月』を味わいました。
この順番で僕はよかったです。
※以下、ネタバレがありますので、未見・未読のひとはご注意ください。
『平場の月』とってもいい物語でした。まさに平場の人たちの平場の暮らしがきちんと描かれた作品です。
僕は小説から読みました。
いい物語がした予感からページをめくった瞬間・・・。
え、この話、この文体でいくの……か。と、妙な違和感。
そう、僕にはこの小説の文体が合わなかったのです。とにかく、引っかかる。時折り、ハッとするほど美しい、うなるような文章があって、こっちでずっといって欲しかったなと思うのだけど、それはそれ、仕方のないことです。
ただ、物語は先を読みたいので、とにかく読みました。
読後感はよかったです。
登場人物のメイン二人が、堺雅人と井川遥だと知ってしまった後だったので、それが読んでいてチラつき……映画のこと知る前に読めばよかったと後悔しきりです。
やはり、脳内キャスティングのほうが小説は豊かに読めます。
トータルではとてもいい小説でした。
まあ、僕に偉そうなこと言えませんが。
さて、映画版なのですが、これがすごく抑制が効いていて、泣かせに走らないのです。予告編とはえらい違いです。それがとてもよかったです。
向井康介さんの脚本がめちゃくちゃいい!
朝倉かすみさんの原作小説の行間を脚本にしたといいますか。だからこそ、メジャーなふたりがやっていても、平場のひと感は失われず、堺雅人は大芝居はほとんどすることもなく、淡々と話が進みます。
クライマックスで星野源の主題歌も流しません。
土井裕泰監督が一貫して抑制の効いた演出をします。
原作では顔出ししないキャラクターも出てきますが、それすらさらっとしています。みんないい味出しています。
井川遥の妹は原作だと太っててちょい面倒な感じでしたが、映画は中村ゆりがやっているので、美人姉妹に変更されています。それが僕には微妙に違和感がありましたが……池脇千鶴じゃだめだったのかな……。でも映画化ってそういう部分もあります。
逆に昔の四人組の仲間に大森南朋を入れているのは、昔イケてた仲間たちの風情が出ていて成功してます。
脚本は小説のもつ大切なところを外さず、かつある意味の見せ場と時間と描写を省略して、さすがの仕立てです。小説では書いてあったことをかなり省略していますが、そこが気にならないのはさすがの手練だと思います。
最初に書いた、小説版の読みにくさ(あくまで僕にとって)が、映画版にはありません。むしろ、『平場の月』ワールドの純度が上がった感じすらしました。
人間が人間を演じる。映像になる、とはこういうことなのではないでしょうか。実景も効いています。
日本の片隅にいる地味な暮らしを送る中年──いやシニアか。そのリアルは、その年にならないと実感できないものですが、そのリアルと向き合っている描写がたくさんありました。
原作では家飲みの買い出しに活躍していた軽自動車もチラッと駐車場に映るだけ。移送手段は自転車のみ。
自転車で行ける範囲の距離感の恋。中学時代の移動距離と変わらないことがさりげにメタファーとして感じられます。過去と現在を繋ぐのが自転車という小道具なのはとてもいいです。中学時代の二人の演技も朴訥で痛過ぎないところがかえってリアルです。
ですのでキーとなる回想の自転車のシーンもとても活きています。
ありがちな無駄に盛り付けのきれいなクッキングスタイリストの見せ場もありません。それでいいじゃない。映画なんだから。と、食べるシーン大好きな僕はうなずいておりました。
それにしても、堺雅人も井川遥もこの年になって、いい作品に恵まれたと思います。特に井川遥。女優で50歳等身大の役で、母親役じゃなく、恋愛映画の主演は今の日本映画にほぼありません。いいキャスティングだったと思います。
今回、小説、映画と『平場の月』を堪能して思うのは、小説の映画化の幸せな形が見れてよかったということ。
小説がなければ映画にはならなかったし、映画が小説の売れ行きや重版に貢献したり、俳優たちがスクリーンの中で輝いたり、主題歌が売れたり、多くの人がこの『平場の月』を通して、幸せな思いをできたんじゃないかなあと。
もちろん、一番恩恵を受けたのは小説の読者であり、映画の観客が満足できたこと。豊かな時間を過ごせたことです。
改めて『平場の月』に感謝です。
いい小説を書いていただき、いい映画を撮っていただき、どうもありがとうございました。
小説も映画もどちらもおすすめです。
最後になります。僕は渋谷で見たのですが、半端な時間の上映だし、一日一回しかかかりません(新宿も)。
当たってないアニメをかけるくらいなら、それを『平場の月』に変えて欲しいです。青砥・須藤世代は会社勤めをしています。せめて夜の回の上映をお願いしたいです。きっと動員に結びつくと思うのですが……。
※以下、さらにネタバレです。ご注意ください。
向井康介さん脚本で好きなのは『マイ・バック・ページ』です。
そのラストシーンも居酒屋でした。あの映画から時が経って、今回もあえて居酒屋終わり。主人公の年齢も脚本家の年齢も上がりました。
だからこそ、同じだけど違う。
(声の出なくなった設定なのか病気なのかわかりませんが、声のやたら小さい動かない)馴染みの居酒屋の大将が全てを察して有線放送のボリュームをそっと上げます。
森田芳光監督の映画『メインテーマ』の主題歌(薬師丸ひろ子vo.)が店内で大きくなります。
小説にはない映画オリジナルの設定の再開した二人にとっての思い出の曲なわけですが、とても効いています。グッとくる瞬間でした。
こういう音楽の使い方、素敵だと思います。
※文中、敬称略しました。

