何もできない」と泣いていたあなたへ。あの日、あなたが淹れてくれた一杯の温かい紅茶のこと。
本当は、ずっと伝えたかったことがあります。

今日この記事を開いてくれた、あなたへ。
「自分には何の取り柄もない」
「取り残されて、誰の役にも立てていない」
そう言って、暗闇の中で小さく肩を落としているあなたの姿が、どうしても他人事には思えないのです。
私にも、すべてを失ったような日々がありました。
病に倒れ、頭の中が真っ白になり、慣れ親しんだコーヒーの淹れ方すら分からなくなった夜。
お気に入りの皿を手に滑らせて割り、散らかったシンクの前で
「自分はもう、アホになってしまったんだ」と、ただ絶望に震えていた時間がありました。
生きている意味も、自分の役割も、何もかも消えてしまった気がしたのです。
だからこそ、今のあなたに伝えたい。
あなたが「自分には何もない」と涙を流すその場所は、決して終わりの場所ではありません。
あなたは覚えていますか?
誰かが落ち込んでいたとき、言葉にならなくても、ただ隣にそっと寄り添ってくれたこと。
手元にあるありあわせの材料で、一生懸命に温かいごはんや一杯のお茶を用意して、
「大丈夫?」と微笑みかけてくれたこと。
あなたは「大したことなんてしていない」「誰でもできることだ」と笑うかもしれません。
でもね、その温もりに、どれほど救われた人がいるか知っていますか。
言葉で飾られた立派な正論よりも、あなたが不器用な手で差し出してくれたその優しさが、
冷え切った誰かの心をどれだけ温めたか、あなた自身は気づいていないのです。
この世界には、世界を変えるような天才もいれば、都会で華やかに活躍する人もいます。
けれど、傷ついた誰かの心にそっと灯りをともすのは、眩しすぎる太陽ではなく、
あなたの持つ「小さくて優しい木漏れ日」なのです。
「助けて」と言えずに一人で抱え込んできたあなたへ。
もう、無理に完璧な自分になろうとしなくて大丈夫です。
立派な成果なんて、何も持っていなくていい。
あなたが今日まで生きていてくれたこと。
誰かを思い、涙を流せるほどの優しい心を持っていること。
それ以上に素晴らしい「才能」なんて、この世界のどこを探してもありません。
あなたの存在そのものが、すでに誰かにとっての希望であり、救いなのです。
今夜はどうか、自分をたくさん褒めてあげてください。
「今日までよく頑張って生きてきたね」と、ご自分を抱きしめてあげてください。
あなたが自分らしさを取り戻し、好きな服を着て、心からワクワクして笑える日が来ることを、
私はいつでもここで応援しています。
生まれてきてくれて、今日まで生き抜いてくれて、本当にありがとう。
私は本気で、そう思っています。

Photo & philosophy donchan
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