【恨みを手放した日、心は少し軽くなった】
今日は少し重たいテーマかもしれません。
それでも、誰かの心が少しでも軽くなればという思いで書きました。
私は長い人生の中で、一つだけ確信していることがあります。
人を恨み続けても、苦しむのは相手ではありません。
一番苦しむのは、自分自身の心です。
私が今日お伝えしたいのは、恨みを抱え続けないための生き方です。
正解ではありません。
私が長い人生の中で学んできたことを、あなたと一緒に考えてみたいと思います。
私たちは日々の暮らしの中で、人を心の底から恨むような出来事に出会うことは、それほど多くないかもしれません。
しかし、テレビやニュースでは、痛ましい事件が後を絶ちません。
なぜ、人はそこまで相手を憎み、恨み続けてしまうのでしょうか。
人は弱い生き物です。
私も同じです。
傷つけば腹が立ちます。
裏切られれば悲しくなります。
理不尽な出来事に出会えば、「なぜ自分だけが」と思うこともあります。
だからこそ、私は仏陀のこの言葉に、何度も救われてきました。
この世においては、怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みは息むことがない。
怨みを捨てることによってのみ怨みは息む。
これは永遠の真理である。
この言葉を初めて知った時、私は「その通りだ」と思いました。
若い頃の私は、理不尽な出来事を忘れられず、心の中で何度も相手を責め続けたことがありました。
けれど、苦しんでいたのは相手ではなく、私自身だったのです。
恨みに恨みで返せば、相手もまた恨みを抱きます。
その連鎖は、どこまでいっても終わりません。
相手に勝ったように見えても、自分の心は穏やかにはならないのです。
私たちは、相手を変えることはできません。
しかし、自分の心との向き合い方は変えることができます。
もちろん、許すことは簡単ではありません。
深く傷ついた出来事なら、なおさらです。
忘れようとしても、すぐに忘れられるものでもありません。
それでも私は、「手放そう」と思うことが大切なのだと思っています。
少しずつでいい。
昨日より少しだけ執着を手放す。
昨日より少しだけ相手のことを考える時間を減らしてみる。
その積み重ねが、自分自身を苦しみから解放してくれるのではないでしょうか。
人を許すということは、相手のためではありません。
自分の心を、苦しみから解放してあげることなのだと、私は思っています。
人生には、どうしても納得できない出来事があります。
それでも、恨みを抱え続ける人生より、少しでも穏やかな心で生きる人生を、私は選びたい。
その方が、自分自身を大切にできるからです。
もし今、誰かを許せず苦しんでいる人がいたら、今日すぐに許さなくても構いません。
ただ、「いつか手放せる日が来るかもしれない。」
そう思えたなら、その日から心は少しずつ軽くなっていくのではないでしょうか。
私は、そう信じています。
もし、この文章が誰かの心を少しでも軽くできたなら、それほど嬉しいことはありません。
それが、私が64年間生きる中で、たどり着いたひとつの智慧です。
Photo & philosophy donchan
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