『平家物語』 をリブートしてみた件|||シン小説 No.050
祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
その島国は、かつて海の楽園と呼ばれていた。
青い海。
白い砂浜。
椰子の木。
港には豪華な船が並ぶ。
海沿いの高級ホテルは、夜になっても灯りを落とさなかった。
王族の白い宮殿は、海を見下ろす丘の上に建っていた。
観光客は笑い、酒を飲み。
王は冷えた広間の中で、国家の未来を語っていた。
だが裏側では、水を失った村々が、静かに地図から消えていた。
干上がった田畑。
崩れた道路。
使われなくなった漁港。
王は言った。
「国家の安定のためだ」
人々は黙った。
恐れていたからだ。
やがて、王に反旗を翻す者たちが現れた。
故郷を失った者。
海を奪われた漁師。
家族を戦争で失った者。
王の政策によって、生きる場所を失った者たち。
最初、彼らは王を狙った。
だが王は、堅固な宮殿の、さらにさらに奥におり、決して表には出てこなかった。
だから彼らは、王の未来を奪うことにした。
一歳になったばかりの王子を、乳母ごと誘拐した。
王子が見つかったのは、沖合を漂う白いヨットの上だった。
海は静かだった。
空は、いつも通り青く。
爽やかな日差しは、その青さを、さらに引き立てる。
王子の胸には、強力なウィルス爆弾が埋め込まれていた。
ヨットに、近づけば爆発する。
炸裂した場合、空気中に拡散する。
風に乗り、国中に拡まる。
その様子は、全世界へライブ配信されていた。
怒る者。
祈る者。
泣く者。
面白がる者。
誰もが画面越しに正義を語った。
革命家は叫んだ。
「この国は腐っている!」
王は答えた。
「国家のためだ」
乳母だけが、ただひたすらに王子を抱き続けていた。
王子は不思議と泣かなかった。
小さな手で、乳母の服を握っていた。
誰かが、震える声で言った。
「海の中なら、ウィルスは拡散しない」
革命家は、起爆装置を握ったまま、動けずにいた。
倒したかったのは王だった。
だが、仲間たちが誘拐してきたのは、まだ言葉も知らぬ赤子。
その迷いだけが、最後に残った人間らしさだったのかもしれない。
乳母は立ち上がり、船に積まれていた重りを、カラダに巻き付けはじめた。
ひとつ。
またひとつ。
世界中の人々が、ただそれを見ていた。
乳母は王子を抱きしめ、小さな声で言った。
「大丈夫ですよ」
「海は、きっと優しいですから」
王子は、泣かなかった。
ずっと泣かなかった。
乳母は静かに、海に身を投げた。
赤子を抱いたまま。
白い波が広がる。
そして、すぐに閉じた。
革命家は、ボタンを押せずにいた。
仲間が慌てて、ボタンを奪いとり、押した。
海の中で、小さな光が瞬いた。
海面が、少しだけ泡立った。
それきり、また、海は静かになった。
世界は、王を責めた。
革命家も責めた。
だが、憎しみは止まらなかった。
王は、所構わず、ミサイルを撃つ。
革命家たちは、各地に隠していた、ウィルス爆弾を起動した。
王は崩れた。
革命家も崩れた。
みな崩れた。
青い空。
美しい海。
気持ちの良い風が、島を吹き抜ける。
すべての音が消えた街。
教会の鐘だけが、鳴り響く。

