おもちかえり|||シン小説 no.100
「被告人、前へ」
立ち上がる。
足が、少しだけ震えていた。
まさか。
こんなことになるとは。
あの日。
そう、あの日。
拾った。
それだけ。
「被告人は、本件生物が極めて希少な存在であることを、認識していましたか?」
「……いいえ」
法廷が、にわかにざわつく。
知らなかったんです。
本当に。
声がうまく出ない。
「知らなかった、で済む問題ではありません」
検察官の声は冷たい。
それは、もう何度も聞いた。
何度も、何度も。
最初は、市役所だった。
「あなたねぇ、これ、どれだけ貴重なものかわかってます?」
「いや……わからないです」
「でしょうね」
職員は深いため息をついた。
机の上には、山積みの資料。
写真もあった。
アレの。
僕が拾ってしまった、アレ。
「市内で確認されたのは、記録上、今回が初めてですね」
「そうなんですか」
「そうなんですか、じゃないですよ!」
怒ってる。
「しかも、この地域で生息している可能性があるなんて、専門家の間でも想定されていなかったんです」
「なら、仕方ないような……」
「はぁ!?」
次は、県だった。
「これは、市だけの問題ではありません」
そう言われた。
「県としても、重大に受け止めています」
重大……。
きっと重大なのでしょうね。
「場合によっては、国にも報告が必要です」
「国……」
「当然でしょう!」
怒ってる。
ついに、国。
「あなたは、保護対象の生物を、適切な手続きを踏まず、移動させましたか?」
「でも、道路の真ん中にいたんで」
「だからといって、素手で?」
「車に轢かれそうだったので」
「善意だった、ということですか?」
「はい」
「なんだかわからない生物だけど、とりあえず助けようと?」
「はい……」
ホントそれだけ。
轢かれそうだった。
だから、拾った。
ただ、それだけ。
「そして、自宅へ持ち帰った」
「持ち帰ったというか……」
「持ち帰ったんですね?」
「はい」
持ち帰った……。
そう、持ち帰っちゃったんだよね。
「なんで?通報しようとは!?」
怒ってる。
なにかしらの研究施設に連れていかれた。
「餌は?」
専門家に聞かれた。
「わからなかったので、とりあえず」
「とりあえず?」
「冷蔵庫にあったものを」
専門家は、両手で顔を覆った。
「信じられない……」
そんなに……。
「あなた、自分が何をしたかわかってます?」
わかってません。
はい、わかってません。
「この生物について、食性はほとんど解明されていないんですよ」
なら、仕方なくないですか?
口には出さなかった。
唯一、わかったことは、言っても無駄だってこと。
「水は?」
「置きました」
「どんな水を?」
「水道水を」
専門家は、椅子から立ち上がった。
「水道水!?」
怒ってる。
拾ってきたあと。
翌朝。
動かなくなっていた。
呼んでも反応しない。
そもそも、何と呼べばいいのかもわからなかったが。
名前もつけていなかったので、なんとなく。
しばらく待った。
揺すってみた。
それでも動かない。
またネットで調べた。
また、というのは、昨日も調べはしたから。
でも、どれも違う気がした。
仕方なく、警察に電話した。
市役所の担当を教えられた。
そこから、ずっと怒られている。
世間では、ニュースになっていた。
なんだか、やたらと大きく。
ほかにニュースがなかったのかな。
タイミングが悪かったらしい。
思えば、すべてタイミングが悪かった。
たまたま、道の真ん中にいて。
たまたま、轢きそうになって。
たまたま、拾ってしまった。
だって、かわいかったんだもの。
『国内初確認か 希少生物、一般家庭で死亡』
死亡。
死んだんだ……。
死んでたんだね。
テレビでは専門家が話していた。
「非常に残念です」
「生態そのものが、ほとんど分かっていないとか?」
「今回の個体は、研究上きわめて重要だった可能性はありますね」
「繁殖個体だった場合、損失は計り知れません」
「保全意識の低さが招いた悲劇と言えるでしょう」
僕の顔写真が出た。
許可してないですよ……。
卒業アルバムの写真。
なぜ、その写真?
たしかに、犯人ヅラではある。
テレビ的には、その方がね。
卒業アルバムの写真なんて、たいていそんなもんだ。
どうせなら、もっとマシな写真がよかった。
そういや、マシな写真なんてあったかな。
「命をなんだと思ってるんだ!」
「無知では済まされない!」
「絶滅したらどう責任を取る!」
知らない人たちまで。
怒ってる。
家の前が、うるさい。
なにかしらの保護団体らしい。
「地球は、人間だけのものではないんです!」
たしかに。
「あなたのような人がいるから!」
もう、いれないかも。
海外でも話題となっていた。
ついに、世界が。
怒ってる。
警察が来た。
任意だと言われた。
なにより「ここにいるとあぶないでしょう?」と。
取り調べ。
「どうしたかったの?」
「売るつもりだったの?」
「食べるつもりだったの?」
そんなつもりは、まったくなかった。
はじめて怒られなかった。
というより、なんだか面倒くさそうだった。
そして、逮捕。
面倒くさそうに告知され。
面倒くさそうに逮捕され。
留置場。
鳥みたいなものを拾ったら。
自分が、カゴのなかの鳥みたいなものになってしまった。
弁護士が、なかなか来てくれなかった。
看守さんが、何度も弁護士会に連絡してくれた。
この件ではじめての、やさしさ。
どうやら、この分野に詳しい弁護士が、誰もいないからだそう。
そうなんでしょうね。
なにせ、希少生物。
検事さんも、なんだか困った顔をしていた。
なかなか起訴されなかったのは、適用できる法律を探すのに時間がかかったらしい。
なんで、そんなことを僕に?
無理やりな起訴ってこと?
世の中が大騒ぎになってるから?
紀州のドンファン事件を思いだす。
はっきりとは、なにも言われない。
「家に持って帰って、餌を与えて、死なせたのは認めるの?」
「わからなかったんです。
知らなかったんです」
「起訴内容は、認めるんだね。
じゃ、ここに署名して」
事務的。
なんだか、怒られてた頃が懐かしい。
はじめての、法廷。
「被告人」
裁判官の声で、現実に戻った。
「あなたは、この件について、現在どう考えていますか」
拾わなければ。
いや、早く連絡していれば。
なにより、遭遇せずに済んでいたら。
「申し訳なかったと思っています」
結局、それしか言えなかった。
傍聴席から、すすり泣く声が聞こえた。
泣きたいのは、僕の方ですよ。
裁判は、やたらと長引いた。
世界中を騒がせている。
その問題の大きさの割には、その法律がない。
でも、それなりの罰を与えないと、世間が……世の中が……世界が納得しない。
弁護士も、検事も、裁判官も、みんな困っていた。
その間、ずっと留置場。
はやく、罰してくれ。
僕は、必死で協力した。
僕の罪を確定するために。
僕は、留置場から拘置所に移されていた。
こんなに長く拘束されている。
それで、もう十分なんじゃないの?
今日もまた、法廷だ。
いつのまにか、裁判所の前で大騒ぎしていた保護団体らしき人たちがいない。
日に日に減って。
なんだか、さみしい。
裁判官が着席する。
静かになる。
今日もまた、のらりくらりと続くのだろう。
そのとき。
後ろの扉が開いた。
誰かが、ものすごい勢いで入ってきた。
「待ってください!」
ドラマみたいだ。
白衣の男。
あの専門家だ。
息を切らしている。
「何事ですか」
飽き飽きしていた中での登場。
みなの視線が、専門家に集まる。
「生きてます!」
誰も、なにも言わない。
なにを言っていいのかも、わからない。
専門家が、もう一度、大きな声で言った。
「復活したんです!」
やっと、法廷がざわつきはじめる。
「かわいかった姿がですね。
大きく美しくなってます!」
ここで、やっと裁判長が口を開いた。
「静粛に。
静粛に」
そこからは、あっさりと釈放された。
拍子抜けするくらい。
世間、世の中、世界。
あらゆるニュースが報じていた。
Fire Bird Reborn — PHOENIX
『希少生物は不死鳥』
『不死鳥は実在した』
そして、研究所が襲われ、奪われたとか、なんとか。
これでやっと、ホントの事件になったわけだ。
そのせいもあってか、僕の話は、なにひとつ報道されない。
してくれない。
奪われた……ね。
僕は、社会で復活できるのだろうか。

