AI疲れから脱却するための余白設計
「AIを使っても、期待したほど開発生産性が向上しない」ーー。そんな記事がちらほら見受けられるようになった昨今ですが、こと「ひとり仕事」の範疇では、やっぱりAIのおかげで仕事がやりやすくなったという感覚があります。
Claudeにコードを書いてもらう。Geminiにドキュメントの下書きを任せる。ちょっとした調べものも、数秒で形になって返ってきます。AIがない状態で同様の分量の仕事をこなそうとしたら、もっとずっと時間が、そして手間がかかっていたはずです。
となると、本来であればそこに「余白」が生まれていてもおかしくないはずです。
ところが、その空いたはずの時間を、私たちはちゃんと余白たらしめているでしょうか。
あらゆる作業が高速化した
AIに頼めば、ひとつひとつの作業時間は、ぐっと短くなります。
前なら丸一日かかっていた調査をAIにまかせることができる。しかも、数時間で片付く。叩き台のコードが、頼んだ瞬間に返ってくる。こういった「効率化」を経験していると、もうもとには戻れない感覚があります。IDEを使わず開発しろ、と言われたらなかなかしんどい、というのと似ています。 私自身、AIを手放したいとは思いません。
奪われた余白
ただ、その空いた時間は、どこに消えていっているのでしょうか。
よく仕事のあり方をみてみると、AIにまかせることで作業は減っても、判断のほうはむしろ増えています。
この出力、採用していいんだっけ
この設計、本当に正しいんだっけ
5つ返ってきた選択肢、結局どれを選ぶんだっけ
手は止まっても、頭はずっと動き続けています。決め続けること、それ自体が地味に人間を消耗させます。(マネージャーが疲れやすい構図と似ていますね)
しかも、判断材料は増える一方です。AIは聞けば何でも返してくれるので、調べれば調べるほど、検討すべき選択肢が積み上がっていく。情報が足りなくて困っていたはずが、いつのまにか、情報が多すぎて決めきれないーーAI、お前が決めてくれ……。そんな風にさえ思うことがあります。
手を動かしていた頃は、数時間にわたって作業そのものに没頭し、フロー状態に入ることがありました。それが、AIの「とても効率的な作業」によって、あの甘美な時間は静かに奪われていきます。
代わりにやってくるのは、判断の連続です。これまで数日、短くても数時間単位で迫られていた意思決定が、いまや毎分のように求められる。そんな景色に変わってきました。
私自身が「これ、ちょっと辛いな……」と感じたのは、プライベートでAI活用していたときでした。 自宅でPKM(個人のナレッジマネジメント)の整理をしていたときのことです。ObsidianのフォルダをAIと一緒に再構成しながら、並行で書籍の販促戦略を相談し、合間に趣味で書いている小説にも手を入れてもらう。それなりによい出力が返ってくるので、修正指示を出す。返ってくる。また直す。
ひとつひとつは、けっこう楽しい時間です。
ただ、その「返ってくる」が、まったく違う三つのコンテキストで同時に走っているため、無限コンテキストスイッチ編に突入してしまうのです。そして厄介なのが、すぐレスが返ってくるのが楽しくて、延々と続けてしまうのです。
楽しいから、ついやりすぎてしまう。やりすぎると、ちゃんと疲れる。
ふえぇ、頭がパンクしちゃうよぉ……。ということで、最近はせめてコンテキストスイッチが発生しないように、AIに同時に投げるのは同系統のタスクだけ、としました。
手数が異次元に増えた分、「もっとできるはず」と自分を追い立ててしまう。しかも、追い詰められて、というより、自分から進んで脳を疲弊させる方向に持っていってしまうのです。みなさんも、そういう経験、あるんじゃないでしょうか。
余白が増えていない
そもそも、なんで効率化しようとしてたんだっけ?と考えたとき、私の場合は余白を取り戻したいというのがありました。怠惰であるために、勤勉に振る舞う──のんびりしたいから、いま手を動かして仕組みを整える──そんなパラドキシカルなアレです。
私の書籍では、タスク・タイムマネジメントの章で「余白のデザイン」という考え方を扱っています。── 第2章で正面から取り上げているテーマです。予定を詰めきらず、意図して余白を残す。その余白が、次の一歩の質を決めていく。
余白は、サボりとは違います。次に何をするかを選び直したり、立ち止まって自分の状態に気づいたりするための、意図的な「間」のことです。
けれど現実には、空いた時間はすぐ次の作業で埋まります。アクセルを踏み続けて、ブレーキと給油を忘れた車のように、走れているうちは何も気づきません。
しかも、自分の労力が「手を動かすこと」からAIに渡された分、意思決定という重みのある仕事が静かに増えています。そのことに、ふだん私たちはなかなか気づけません。
そしてある日ふっと、ガス欠のサインが灯ります。
静かに近づいてくる燃え尽きの恐怖
書籍のコラムでは、燃え尽きの兆候として、こんなサインを挙げています。
・なんとなく、閉塞感がある ・好きだったことに、活力が湧かない ・やたらと、辛いものが食べたくなる
思い当たる人は、少なくないんじゃないかな、と思います。
AIで仕事が速くなった今こそ、このサインを見落としたくない。速さは、消耗を見えにくくしてしまうからです。
そして、AIが普及するほど、私たちが下す判断の総量は増えていきます。つまり、燃え尽きが芽を出しやすい土壌そのものが、静かに広がっているとも言えそうです。
第3章「燃え尽きないために」の話は、AI時代になって、むしろ重みを増しているんじゃないか。私はそう感じています。
AIが生んだ時間を自分自身に返す
じゃあ、どうするか。
ひとつの方法として、AIで生まれた時間の一部を「自分自身を整える時間」に充てる、というやり方があります。
一度手を止めて、いまの自分の調子を点検する
詰めきった予定に、意図して余白を戻す
「もっとできる」の前に、「ちゃんと休めているか」を問う
自分らしさを保つために、余白は要ります。そして仕事のうえでも、余白の意味は大きい。
目の前のものへの局所最適から少し離れて、もっと高い視点で全体を見直す。そのためには、立ち止まって考えるための余白が、どうしても必要なのです。
この本を効率化の先の伴走者に
『エンジニアのための自己管理入門』は、6月24日に翔泳社さんから発売されます。
本書の第3章「燃え尽きないために」は、まさにこの「速くなったのに、消耗している」状態を正面から扱っています。効率化の先で、自分自身を取り戻すための観点を、エンジニアの現場の景色に寄せてまとめました。
また、第2章では余白を奪う「時間どろぼう」の撃退方法について、タイムボクシングやタイムブロッキングのようなまとまった時間を確保する方法、GTDのようなタスクマネジメント方法などをもとに詳しく解説しています。AI時代になってより出現しやすくなった時間どろぼうを、自分の手でしっかり撃退していきましょう!
AIに手数を預けたぶん、自分のコンディションは、自分でちゃんと握っておく。そんなあなたの伴走者になれる一冊だと思っています。
……とは言っても、立ち止まるのは、案外むずかしいものですよね。
だからこそ、ときどき、こう問い直してみてください。
「AIで空いたこの時間、私は何に使っているんだっけ?」
その問いが、燃え尽きないための、最初のブレーキになります。
