#162.「早く教えなきゃ」は本当に必要?ー女医・2児の母が「勉強」より大切にしたいことー
子どもが少しずつ大きくなってくると、親として気になることがあります。
「そろそろひらがなを教えた方がいいのかな。」
「数字はどこまでわかっていた方がいいんだろう。」
「早期教育って、やっぱりやった方がいいのかな。」
SNSを見れば、まだ小さいのに文字を読める子、計算ができる子、英語を話す子…。
そんな姿を目にすると、「うちも何か始めた方がいいのかな」と思うこともあります。
私自身、二人の娘を育てる母として、そんな気持ちになったことが何度もあります。
私は医師ですが、教育の専門家ではありません。
だから、「早期教育が絶対に良い」「絶対に必要ない」と断言することはできません。
でも、一つだけ思うことがあります。
それは、「学ぶこと」が子どもにとって苦しい時間になってしまうのは、避けたいということです。
机に向かって、
「今日はひらがなの勉強をします。」
「今日は数字を覚えましょう。」
そんなふうに無理やり詰め込むだけの学びは、我が家のスタイルには合っていないように思います。
一方で、文字や数を知ること自体は、とても素敵なことだとも思っています。
文字が読めるようになれば、自分で本を読めるようになります。
本が読めれば、新しい知識に出会えます。
「なんで?」と思ったことを、自分で調べられるようにもなります。
数がわかれば、大好きなお菓子があと何個残っているのか考えられる。
姉妹で分けたら一人何個になるのかもわかる。
「あと何回寝たら運動会かな?」
そんな楽しみも、自分で数えられるようになります。
文字や数は、ただ勉強のためにあるのではなく、世界を広げるための道具なのだと思うのです。
だから、「机に向かう勉強」というのも大事だし少しずつ取り組むようにはしていますが、それよりも我が家では生活の中に学びの種をたくさん散りばめることを意識しています。
リビングにはポスターを貼る。
親が楽しそうに図鑑を読む。
子どもに質問されたら、「一緒に調べてみようか」と本を開く。
その中で自然に文字を読んでみる。
おやつの時間には、
「全部で6個あるね。」
「二人で分けたら何個ずつかな?」
そんな何気ない会話をする。
どれも特別なことではありません。
でも、子どもが「知りたい」「やってみたい」と思うきっかけにはなるかもしれません。
実際、同じ環境で育っている二人の娘でも、興味を持つタイミングはまったく違いました。
長女が夢中になったことに、次女は見向きもしない。
逆のこともありました。
同じ親が育てていても、同じ家で暮らしていても、子どもは一人ひとり違います。
好きなことも、得意なことも、心が動くタイミングも違う。
だから、「今できない」ことは、「これからもできない」という意味ではありません。
ある日突然、「これ読める!」と言い始める日が来るかもしれない。
数字に興味を持って、自分から数え始める日が来るかもしれない。
子どもの成長は、大人が思っている以上に突然やってきます。
だから私は、焦って花を咲かせようとは思いません。
その代わり、毎日少しずつ種をまき続けたいと思っています。
今日まいた種は、明日芽が出るかもしれないし、一年後かもしれない。
もしかしたら、もっと先かもしれません。
でも、子どもの中に「知りたい」という気持ちが育ったとき、その種はきっと意味を持つはずです。
親ができることは、無理に引っ張ることではなく、子どもが自分から歩き出したくなるような環境を整えることなのかもしれません。
子どもには、それぞれのタイミングがあります。
だから私は今日も、答えを急がず、子どもたちの未来を信じて、小さな種をまき続けようと思います。
