『昨日はどこへ消えたのか』
収蔵記録 No.033
『昨日はどこへ消えたのか』
漂着地点:隙間
著者:昨日(行方不明)
推定年代:日差しがほんの少し傾いた頃
保存状態:まだ乾いていない
森でいちばん動くのが遅いナマケモノのルウは、木の枝にぶら下がったまま、ゆっくりと目を開けた。
昨日、たしかにこの枝で眠りについたはずだった。
けれど今、爪先の下に見える葉の形が、なんだか昨日とは違う気がする。
いや、葉が違うのではない。
昨日というもの自体、どこかへ行ってしまったような気がする。
「昨日は、どこへ消えたんだろう」
声に出すまで三十分かかったので、そのころにはもう「今日」の太陽がだいぶ高く昇っていた。
隣の枝から、リスのティコがひょいと顔を出した。
「ルウ、また同じこと考えてるの? 昨日のことなんて、もう終わったことだよ」
「終わった、って、、、どこに終わったの」
「知らないよ、そんなの。僕はもう次のドングリのこと考えてるもん」
ティコはあっという間に枝を三本渡って、姿を消した。
ルウは、その速さにいつも驚かされる。
世界はみんなは、
そんなふうに次から次へと今日を渡っていくのだろうか。
ルウは前足を伸ばし、隣の枝に、昨日もしたのと同じように、ゆっくりと手をかけた。
動くのに一時間かかる。
そのあいだ、ルウは昨日のことを思い出していた。
昨日、雨が降って毛皮が濡れて、少し寒かった。
あの雨粒のにおいは、まだ体のどこかに残っている気がする。
けれど、雨粒はもうない。
乾いたものもあれば、葉を伝って落ちたものもある。川に流れ、遠い海まで行ってしまったものもあるかもしれない。
ルウは、しばらく川を見ていた。
半日かけて、ようやく隣の枝にたどり着いた。
そこから見える景色は、昨日と同じ緑の森だった。
同じ木、同じ空、同じ静けさがある。
ただ、日差しの角度だけが、ほんの少し違っていた。
速く走るリスにはわからない、ナマケモノにしか気づけない、ほんのわずかな角度のずれ。
夕方になり、ルウはまた眠くなってきた。
瞼がゆっくりと降りていく。
「今日も、もうすぐ昨日になるんだろうな」
その言葉を言い終える前に、ルウはもう眠っていた。
