『影はいつ眠るのか』
収蔵記録 No.023
『影はいつ眠るのか』
漂着地点:暗闇
著者:不明
推定年代:太陽が昇るころ
保存状態:本体良好/影、不明
老いた時計職人のエドガーは、五十年のあいだ自分の影と一つの約束を交わしていた。
日が沈み、部屋に灯りがともるたび、影は壁に立ち上がり、彼の手の動きをそっくりそのまま真似た。
ねじを巻く指、レンズを覗く目、ため息で落ちる肩。
影は一度もそれを裏切ったことがなかった。
ある夜、エドガーはふと手を止めて尋ねた。
「お前は、いつ眠るのだ」
影は何も言わなかった。
だが壁の上で、わずかに揺れたように見えた。
その夜から、エドガーは眠れなくなった。
影とは、光がなければ存在しないものだ。
太陽が沈み、月も雲に隠れ、蝋燭の火も消えたとき、影はどこへ行くのか。
消えるのか。
それとも闇に混ざり、ただ見えなくなるだけなのか。
もしそうなら、影は一度も休んだことがないのではないか。
光があるあいだは彼に従い、光がなくなれば闇に紛れる。
眠ることもなく。
ただ、見えなくなるだけで。
エドガーは、自分自身のことを思った。
若い頃、彼は光の中でしか生きていないつもりだった。
仕事、家族、街の人々との挨拶。
それらはすべて、光の当たる場所での出来事だった。
しかしエドガーにも影があった。
誰にも見せなかった後悔。
口にしなかった嫉妬。
心の奥でくすぶり続けた、小さな悪意。
それらは彼が明るい場所に立つたびに、足元に長く伸びていた。
彼は見ないようにしてきた。
踏みつけるようにして、歩いてきた。
もし影が眠らないのなら、
あれらも、まだ眠っていないのだろうか。
エドガーは立ち上がり、工房のランプを消した。
部屋は闇に沈んだ。
壁から影が消えた。
しばらくして、エドガーは自分の指先さえ見えないことに気づいた。
手を開く。
閉じる。
何も見えない。
それでも、手はそこにあった。
エドガーは壁のあったはずの場所を見つめた。
そこには何もなかった。
少なくとも、彼にはそう見えた。
ならば、壁から消えたものについても、同じことが言えるのだろうか。
しばらく考えて、
エドガーは考えるのをやめた。
その夜、彼は久しぶりに深く眠った。
夢の中で、エドガーは光のない場所に立っていた。
影のない自分が、そこにいた。
奇妙に軽かった。
そして、少しだけ、寂しかった。
朝、
目を覚ましたエドガーは、窓辺に立った。
朝日が差し込む。
壁に、いつもの影が伸びた。
エドガーはそれをしばらく眺めてから、小さく笑った。
「よく眠れたか」
影は答えなかった。
エドガーは仕事台へ戻った。
時計を手に取り、ねじを巻く。
壁の上で、
影も同じように指を動かした。
