自分なら買わない金額を、つけてもいいのか
「このサービス、30万円にしようと思う。でも、自分だったら30万円は払わないんだよな」
価格を決めていると、こんな迷いが出てくることがあります。
高すぎるのではないか。もう少し安くしたほうが良心的ではないか。
この感覚を無視する必要はないと思います。
ただ、ひとつ分けて考えたほうがよさそうです。
自分がその金額を払わないことと、顧客にとってその金額が高いことは、同じではありません。
自分が買わない理由は、「高いから」とは限らない
たとえば、ホームページを自分で作れる人がいるとします。
その人が「ホームページ制作に30万円は払わない」と考えていたとしても、不思議ではありません。
自分で作れるからです。
一方で、ホームページを作る時間も知識もなく、公開が遅れることで商売にも影響が出ている経営者なら、同じ30万円を違うように見るかもしれません。
これは思考実験ですが、価格を考えるときの問題がよく見えます。
自分が払うかどうかを考えた瞬間、知らないうちに自分の状況まで価格判断に持ち込んでいるのです。
価格研究では、ある商品やサービスに対して顧客がどこまで支払おうとするかを「Willingness to Pay(WTP:支払意思額)」として扱います。WTPを正確に把握することは、価格設定にとって重要な課題として研究されています。
ここで主語になっているのは、売り手ではなく顧客です。
「原価はいくらか」だけでも決まらない
もちろん、価格を決めるうえで原価は重要です。
赤字になる価格では事業を続けられません。競合の価格も、自社が市場でどう見られているかを考える材料になります。
価格研究でも、大きく分ければコスト、競争、顧客価値を基準にする価格設定が論じられてきました。どれか一つだけで、あらゆる価格を決められるわけではありません。
特にサービスでは、「原価+利益」だけでは説明しにくいことがあります。
10時間かけていた仕事を、経験を積んで3時間でできるようになったら、価格も7割下げるべきなのか。
そう考えると、顧客が買っているものと、売り手が費やした時間は必ずしも同じではありません。
ここで「プライシング」という言葉を、単に値札を決める作業より少し広く捉えたくなります。
何円にするかを決める前に、顧客は何に対してお金を払っているのかを見る。
価格を考えることは、商品の価値をどう捉えているかを問い直すことでもあります。
ただし、「価値があるから高く売れる」でもない
ここで反対側にも注意が必要です。
「自分の金銭感覚で決めてはいけない。顧客にとって価値があるなら、もっと高く売っていい」
この言い方も、少し危うい。
顧客が感じる価値は、売り手が宣言すれば成立するものではないからです。
サービス・マーケティングや顧客価値研究の第一人者である、米国のマーケティング研究者ヴァラリー・A・ザイサムル(Valarie A. Zeithaml)は1988年の研究で、消費者が知覚する価格、品質、価値の関係を整理しています。
そこで扱われる価値は単なる安さではなく、消費者が「何を受け取り、何を差し出すと感じているか」に関わる概念です。
しかも、売り手が「顧客ならこれくらい払うだろう」と考える予測そのものにもズレが入り得ます。
意思決定や消費者行動を研究する、イェール大学経営大学院のシェーン・フレデリック(Shane Frederick)は、他者が商品にいくら払うかを人が過大評価する傾向を報告しています。
価格設定や交渉では、相手の評価額を正確に推測する必要があるため、このズレは無視できません。
「自分なら払わない」だけでは決められない。
でも、「顧客なら払うはず」でも決められない。
では、何を見るのでしょうか。
聞けば分かる、とも限らない
「それなら顧客に、いくらなら買うか聞けばいい」
これも一つの方法ですが、答えをそのまま価格にするのは難しそうです。
WTP(支払意思額)の測定研究をまとめたメタ分析では、仮想的な質問で答えた支払意思額と、実際に支払いが伴う場面で示される支払意思額との間にずれが生じる「仮想バイアス(hypothetical bias)」が検討されています。測定方法によって、そのずれの大きさも変わります。
仮想バイアス(hypothetical bias)は、実際にお金を払う場面ではなく、「いくらなら払いますか」と仮定して答えたときに、回答と実際の行動との間に生じるずれ。
ここが、プライシングの面白いところだと思います。
価格は、会議室の中だけでは決まりきらない。
自分の感覚でも、顧客へのアンケートでも、完全には見えない部分が残ります。
だから、実際の商売へ戻る必要があります。
値段を「決定」ではなく「仮説」として見る
小規模事業なら、最初から完璧な価格調査をするのは現実的ではないこともあります。
それでも、見られるものはあります。
たとえば30万円で提案したとき、誰が依頼し、誰が断ったのか。その人はどんな状況にいて、何と比較していたのか。値段を提示する前後で、どんな反応が起きたのか。
ただし、「30万円と伝えた後に断られたから、価格が原因だった」とまでは言えません。内容、タイミング、信頼、競合、予算など、ほかの理由も考えられるからです。
そこで一件の反応から結論を出すのではなく、記録を残して見ていく。
DRMとの接点も、ここにあります。
価格もオファーの一部として市場へ差し出し、返ってきた反応から最初の仮説を修正する。
そう考えると、プライシングは「正しい数字を一発で当てる仕事」ではなくなります。
「自分なら買わない」は、むしろ良い問いになる
自分なら30万円では買わない。
そこで価格を下げる前に、
「なぜ、自分は買わないのだろう」
と考えてみる。
自分でできるからなのか。困っていないからなのか。得られるものが見えないからなのか。本当に価格が高いと感じるからなのか。
そう分解すれば、自分の感覚も捨てる必要はありません。
ただ、それを顧客の答えにしない。
「自分なら買わない」は価格への結論ではなく、顧客との違いを探す入口にできます。
次に値段を決めるとき、考えてみたい問いがあります。
その価格を「高い」と判断しているのは、実際の顧客でしょうか。それとも、いま値札をつけようとしている自分でしょうか。
