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斎藤知事おねだり「デマ認定」拡散の出典を追う〜存在しない8月の判決〜

はじめに

8月15日の朝、Xのタイムラインに「裁判所が斎藤知事のおねだりをデマと正式認定」という言葉が流れ始めた。発信源は同日午前6時29分に立った5chのスレッドで、複数のまとめサイトが転載し、昼までに数万規模で拡散した。

僕はこの疑惑について過去に何度か書いている。刑事7件の不起訴も、検察審査会の不起訴相当も記事にした。だから「今さら何が新しく認定されたのか」が最初の疑問だった。

調べた結果を先に書く。8月に新しい判決が出た形跡はない。 拡散したのは7か月前の判決の再流通で、しかもその判決は「デマと認定」していない。


スレッドの箇条書き

拡散の起点になった5chスレッドの冒頭には、4項目の箇条書きが並んでいた。うち3行を引く。

【裁判所認定】丸尾まき県議の「スキーウェアたかり」投稿は重要な部分で真実 ・丸尾まき県議の投稿を「デマ拡散」と指摘した投稿について、裁判所は「摘示された事実の重要な部分は真実」と認定 ・「知事 スキーウェアたかり事件」との表現や、視察時にスキーウェアを欲しがったという内容は、重要な点で事実と異なるとされた

読んでほしい。1行目は「投稿は重要な部分で真実」、3行目は「重要な点で事実と異なる」。同じ文書の中で正反対のことが書いてある。 そしてスレッドのタイトルは「おねだりしたとかいうやつ、あれデマです」。どの行とも一致しない。

出典は示されていない。判決の日付も、裁判所名も、事件番号もない。

スレッドの2番目には「そこが争点ではないのわからんけ…」と矛盾を突くレスが付いていた。検証する読者がいなかったわけではない。指摘が拡散の速度に負けた。矛盾した箇条書きは読まれないまま、見出しだけが走った。

実在する判決

丸尾牧県議をめぐる削除請求系の裁判は複数あるが、5chの記述と時期・内容が最も整合する判決は一つに絞られる。丸尾氏が自身に関するX投稿の削除を求めた裁判で、2026年1月中旬に判決が出ている。

丸尾氏が削除を求めていたのは、神戸新聞の報道(2025年7月28日)によれば「デマ拡散による知事失脚の主犯格」「丸尾まきの犯罪行為 スキーウェアおねだり捏造」といった投稿だった。東京地裁が同年7月18日付で発信者情報の開示を認めた3アカウントの投稿と重なる一連の請求の中にある。

判決文は公開されていない。丸尾氏が2026年2月19日、自身のブログに「削除請求一部認められず」という表題で判決文の一部を引用して経過を報告しており、それが現時点で唯一の公開文になる。

丸尾氏が公表した引用によれば、判決はこう述べている。

「斎藤知事がスキーウェアをおねだりした旨の発言が虚偽であると積極的に認定することは困難である」

その上で、丸尾氏がおねだりを捏造したという趣旨の投稿についても、

「その表現内容が真実に反すると認めることはできず、これを認めるに足りる証拠もない」

おねだり発言が虚偽だとは認定できない。同時に、捏造だという投稿が虚偽だとも認定できない。どちらの方向にも認定していない。 裁判所は事実認定を留保したまま、請求の一部を認めなかった。

断っておくが、この引用は丸尾氏側が公表したものであり、判決文の全文は確認できていない。相手方の主張も出ていない。ただ、削除が認められなかった側が自分に不利な判決を引用して公表している構図なので、少なくともこの部分の改変は考えにくい。

削除請求が通らなかったことと、おねだりがデマと認定されたことは、まったく別の話だ。前者から後者は出てこない。

8月に判決はあったか

念のため、8月に新しい判決が出た可能性を潰しておく。

報道がない。神戸新聞、サンテレビ、共同通信。この事案の判決は必ず報じられてきた。今年1月28日の立花孝志氏への330万円賠償命令は当日に複数社が報じ、3月18日の動画配信者3名への提訴も報じられた。その各社が、8月13日から15日にかけて一本も出していない。今回だけ全社が見落とす理由がない。

丸尾氏の側にも動きがない。ブログの最新記事は7月31日で、内容はオンブズマン大会の告知。訴訟の進行を折々公表してきた当事者が、8月の判決に触れていない。

新判決は存在しない。7か月前の非認定判決が、「デマ認定」に姿を変えて再流通した。 それが8月15日に起きたことのすべてだ。

なお日付を並べておくと、8月7日、斎藤知事は前知事時代の338億円規模の不適切な会計処理について検証部会の設置を表明していた。その6日後にトレンドが立ち、8日後にスレッドが立った。関係があるかは分からない。日付だけ記しておく。

二日前の伏線

拡散にはもう一つ下地がある。8月13日、Xのトレンド欄に、僕が確認した時点で次のような要約が表示されていた。

第三者調査委員会の報告書で、知事のパワハラ、40万円革ジャン要求、高級旅館宿泊、カニや牡蠣などの贈答品受領疑惑が、いずれも事実無根と認定されました。

これは事実に反する。第三者調査委員会の報告書(2025年3月19日提出)は、パワハラについて調査対象16項目のうち10項目を認定した。贈答品についても、報告書は、斎藤知事が百条委員会で上郡町のワイン、山田錦の日本酒、枝豆、岩津ネギ、淡路島たまねぎ、蟹等の受領と自己消費を認めたと記載し、自己消費の事実を認定している。スキーウェアに至っては、報告書は「外形的にみて『おねだり』をしたと見られる可能性がある状況であったことは事実とみてしかるべき」とまで書いた。報告書のまとめの章には「複数の事実については、真実であるか、真実相当性があると認められた」と明記されている。「いずれも事実無根」と読める箇所は、どこにもない。

細部も原文と合わない。「40万円革ジャン」「高級旅館宿泊」という表現は、告発文書にも第三者委の報告書にも登場しない。2024年8月の職員アンケート報道の記憶が混入したと思われるが、いずれにせよ「第三者委の報告書で認定された」対象ではありえない。要約が、原文にない細部を生成している。

8月13日に「第三者委が全否定した」という下地が敷かれ、15日に「裁判所も認定した」という補強が乗った。二段構えで、どちらの段も一次資料と一致しない。

検証にかかった時間

種明かしをすると、ここまでの確認に要したのは、丸尾氏のブログを読むことと、報道を突き合わせることだけだった。判決文の非公開という壁はあるが、「新判決が存在しない」ことと「1月判決が非認定である」ことは、公開情報だけで確認できる。

裁判所が「デマ」という言葉を使うときの水準も見ておく。今年1月28日、神戸地裁尼崎支部は立花孝志氏の街頭演説について330万円の賠償を命じた。このとき裁判所は、告発文書を丸尾氏が書いたという具体的な事実の摘示が真実に反することを認定した上で、初めて虚偽と判断した。特定の事実命題を立て、その虚偽を証拠で示す。司法の「デマ認定」とはそういう手続きであり、「おねだりは全部デマ」という言い方は、この水準を一度も通過していない。

それでも数万人が「裁判所がデマ認定」を信じて拡散した。

2年前にも同じことがあった。2024年8月21日に「知事スキーウェアたかり事件」という投稿が走り、翌22日には現地の観光協会が、所謂「たかり」やそのようなニュアンスに解釈されるような事も含め確認されなかった、と公表した。訂正は拡散に追いつかなかった。2026年8月15日、今度は逆向きの見出しが同じ速度で走った。8月に走る、という点まで同じだった。

では、第三者委員会の報告書は実際に何と言ったのか。「全部事実」なのか「全部デマ」なのか、それとも別の何かなのか。全編を通読した結果を、次回書く。


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