忘れた国のAI敗戦 〜なんじゃそりゃの記憶〜
日経が5月30日、AI中堅国の脱・米依存を報じた。カナダとドイツが連合を組み、出遅れた日本も参考に、と。自国を守れない国は主権国家ではない、とカナダの首相が言ったらしい。
正しい。正しいが、新聞が今ごろ言うことかとも思う。
Apple、Windows、MSX。出てきたとき、なんじゃそりゃと思った。
今でこそWindowsもMacも空気のように当たり前で、最初から世界を支配していたかのように見える。違う。得体の知れない新参者として登場して、当時の日本機と横並びに置かれていた時期が、ちゃんとあった。その横並びだった瞬間を、僕は肌で覚えている。
僕は1970年代生まれだ。デジタル以前の世界から、PC、インターネット、スマホ、そしてAIまで、全部の登場をリアルタイムで通過してきた。
横並びの記憶
MSXが出てきたとき、日本が標準化を主導しかけた。アスキーとマイクロソフトが組んで、各社バラバラだった8ビット機に共通規格を被せようとした。日本主導の世界標準になり得た芽だった。
規格自体は国内に閉じなかった。欧州や南米、ソ連圏でも売られ、家庭用コンピュータの共通言語になりかけていた。それがPC/AT互換機とWindowsの物量に飲まれて、ホビー機の思い出に収まった。
PC-98で一太郎とLotus 1-2-3を使い、やがてWindowsとExcelに乗り換えさせられた。便利だから移った。移った先は、もう自分のものではなかった。
今のクラウドとAIで起きていることと、構造が同じだ。
二度忘れた国
80年代、日本は半導体で世界シェア8割を握った。DRAMで上位を独占し、1986年の売上トップ10に日本企業が6社並んだ。Japan as No.1と呼ばれた。基盤産業の頂点に立ちかけていた。
それを日米半導体協定で叩かれた。1986年9月に締結され、外国製半導体のダンピングが規制された。協定本文には書かれなかったが、外国製シェア20%という目標が、秘密書簡で事実上約束されたとされる。叩かれて、譲歩した。第五世代コンピュータは、論理型言語に賭けて外した。
国産OSのTRONも、同じ時期に揺れた。よく「米国に潰された」と語られる。だが調べると、そう単純ではない。1989年、USTRの貿易障壁報告でBTRONがスーパー301条の制裁候補に挙がったのは事実だ。ただし翌月には誤解だとして対象から外れている。主旨は、教育用パソコンのOSを政府系機関が一社仕様に限定するのは不公正だ、というものだった。
外圧は確かにあった。同時に、PC-98のシェアを守りたいNECの反発があり、メーカーは候補入りを撤退の口実にした面もある。組み込み用のITRONは、その後カシオのデジカメや携帯電話で着実に広がっている。
潰されたのか、降りたのか。両方の力が働いた。はっきりしているのは、作る国の頂点から、使う国へ滑り落ちたという結果だけだ。
問題は、その敗戦が継承されなかったことだ。半導体で何を失ったか、なぜ失ったか。国民的な記憶にできなかった。
だから二重に忘れている。覇権を握りかけたことも、それを失ったプロセスも。栄光の記憶だけ薄く残り、転落の記憶が抜け落ちた。
勝ちかけた記憶があると、かえって油断する。 いざとなればできる。その根拠の薄い自信が、現在の劣位を直視させない緩衝材になっている。
ここから先は
よろしければ応援お願いします!チップはnote更新用のPC購入費用に当てる予定です。よろしく!
