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辞意が止めたもの〜何も明らかにならなかった日〜

8月17日の夕方、速報が流れた。福岡県議会の蔵内勇夫議長が辞任の意向を表明した。時期は、しかるべき時。

同じ日の昼、議場では蔵内氏への辞職勧告決議案が、採決されないまま消えていた。

順序が肝心である。辞意が先だった。そしてその辞意が、採決を止めた。


総会

臨時会の直前、自民党県議団の議員総会で、蔵内氏は自身の進退を語った。第三者委員会の設置、議会基本条例や政治倫理条例の制定といった議会改革の方向性を決めていくとし、しかるべき段階で議長を辞職する、と。

条件は議会改革の方向性が決まること。時期はしかるべき時。どちらの判定も、事実上、本人の手にある。

一週間前の8月10日、議員辞職を問われた彼は、僕が何でしなきゃいけないんだろうか、と答えていた。16日にも、僕は議長職を辞めなきゃならないとマスコミの皆さんが一方的に報道していると感じる、と述べ、任期を全うしたい思いは変わらないかと問われて、ええ、と答えている。前日まで、続投だった。何で辞めなければいけないのかと問うた人物が、採決の朝、辞めると言った。そしてその言葉が、辞めさせる手続きを止めることになる。

取り下げ

決議案には、賛成討論の予定者がいた。井上正文議員、当選2回。彼は討論を取り下げた。理由を本人がこう説明している。蔵内議長が自身の進退について表明すると聞いたので、取り下げる手続きを取った、と。

同じ2期の大田充議員は、二期生の中に決議案へ賛成する意見も出ていたことを明かした。そのうえで、こう述べている。一番響いたのは直接議長から進退の話。これは一番重たいと思う、と。

賛成討論は取り下げられ、賛成意見は溶けた。動かしたのは、新しい事実ではない。進退の表明である。誰が金を受け取ったのかという問いに、何の答えも加わっていない。辞めるという言葉だけが加わり、それで足りた。

動議

吉松源昭県議が提案理由を読み上げた。決議案の文面には、国民は1ミリも信頼していない、という一節が含まれていた。

読み上げの直後、林泰輔議員が緊急動議を発議した。当選1回。西日本新聞によれば、蔵内氏の元秘書である。

議場での理由は、手続き論だった。第三者委員会の調査が始まっていないこと、決議案の提出から間もなく、議員が趣旨の十分な理解に至っていないこと。

取材では、別の言葉が出た。蔵内議長が犯罪者のように扱われる状況にじくじたる思いがある、と。議場の理由と、取材の動機が、二層になっている。手続きの言葉で止め、感情の言葉で語った。反発の対象には、決議案の言葉の強度もあっただろう。1ミリも信頼していない、という文面と、犯罪者のように扱われる、という受け止めは、正面から向き合っている。

動議は二人以上の異議なしで成立し、起立多数で可決された。決議案は採決されないまま、臨時会は閉会した。

橋下徹氏は、この起立という形式に触れている。議長に直接見られる起立採決に議員が恐怖するのではないか、本気でやるなら解任決議を、と。誰が立ったか、議長席から見えている。無記名で行われた一週間前の会長選と、顔の見える起立。同じ会派が、二つの形式を使い分けた。

閉会後の吉松氏の言葉。正面から採決されなかったことは残念。県民のほうを向いた議会とは言えない。

拘束

渡辺勝将会長は、内情を自分から明かしている。

動議は林氏の発案だが、賛成するよう会派拘束をかけていた。動議が否決された場合は、決議案の採決で反対するよう指示していた。造反すれば処分を検討する方針だった。

説明はこうだ。政治生命を左右するような判断を迫る議案なので、会派をまとめるためにはこういう形を取らざるを得なかった。

総会では、ベテラン議員から、蔵内議長を支えるために一丸となって反対すべきだ、という声が上がり、若手からは自主投票の要望が出て、協議は2日間に及んだという。拘束の着地点は、そのどちらでもなかった。決議案への反対でも、自主投票でもなく、採決そのものの中止。一丸の実を取り、反対したという記録は誰にも残さない形である。

前回書いた通り、彼は40年で初めての会長選挙を一票差で制した会長である。20対19、白票1。選挙が可視化した割れを、一週間後、拘束が一つの起立に塗り直した。役員の一掃と風通しを掲げた新会長の、最初の統治が、拘束と処分検討だった。理屈は立っている。調査が先、判断は後。ただ、この順序論は、蔵内氏が二週間かけて組んだ防御と同じ形をしている。

消えた数字

採決されていれば、生まれていた数字がある。

公明党県議団の10人は、決議案に会派として賛成することで一致していた。新開昌彦団長の説明はこうだ。決議案の内容には疑義があるが、地域の皆さんにいろんな声をいただき判断した、と。賛成の理由は、決議案への同意ではなく、世論だった。賛成方針ですら、事実の認定ではなかったことになる。

民主県政県議団の20人と新政会の6人は、自主投票。自民が拘束で固まっても、票の行方次第では際どい数字になりえた。

87人の議会で、誰が議長を信任し、誰がしないか。その分布が議事録に残るはずだった。残らなかった。残ったのは、中止動議への起立の記録だけである。

そして、消えたのは数字だけではない。可決されていれば、法的拘束力はなくとも、議会が疑惑を重く見たという意思表示になった。第三者委員会の調査は、その意思を背景に進むはずだった。調査は、後ろ盾を持たないまま始まることになる。

議事録に残らなかった信任の分布が、次にどこで問われるか。来春の県議選まで、約8か月である。

辞任という装置

ここまでの退場を、並べてみる。

中尾正幸元副議長は、県政の混乱を招いた責任で議員を辞めた。金銭授受は認定されず、辞職とともに彼を追う理由が減った。松尾統章前会長は、発言の責任で会長を退いた。お車代50万円の疑惑は、宙に浮いたままである。そして蔵内氏は、議会改革のめどを条件に辞任を予告し、その予告が、賛成討論を取り下げさせ、採決を止めた。

三人とも、疑惑とは別の理由で退場し、あるいは退場を予告し、そのこと自体が、疑惑を問う手続きを解除している。

大田議員の言葉に戻る。一番響いたのは進退の話。事実の解明よりも、誰が辞めるかという答えの方が、議員たちの判断を動かした。

同じ時期、蔵内氏が地元支援者に送った文書の存在が報じられている。告発に扇動されたマスコミと世論による批判の嵐、という表現が含まれていたという。公の場での辞意と改革の語り。支援者向けの、批判の嵐という被害の語り。二つの語りが、同じ人物から、同じ時期に出ている。

蔵内氏の設計は、前の二人より一段精巧である。辞任の条件が、議会改革の方向性の確定になっている。第三者委、議会基本条例、政治倫理条例。再発防止の枠組みが整うことが、退場の条件だ。仕組みが直るほど、過去を掘る理由は薄れていく。以前、視察費の是正策がこれから行う視察だけを対象にし、過去の案件が手つかずで残ったことを書いた。同じ形が、今度は辞任の条件として組まれている。

残る解明の経路は、この日全会一致で設置が決まった第三者委員会だけになった。だが第三者委は、事実を認定しても処分の権限を持たない。報告書が出る頃、名指しされた三人のうち二人は既に議場になく、一人は達成として退場した後かもしれない。認定が出たとき、認定される椅子に誰が座っているのか。

一番重たいもの

8月17日。第三者委員会の設置が全会一致で可決された。副議長に、自民の板橋聡議員が選出された。中尾氏の辞職以来、空いていた席である。蔵内氏は相談役を外れ、議長辞任を予告した。辞職勧告決議案は、採決されなかった。

誰が金を渡し、誰が受け取ったのか。この日、その問いには何一つ答えが加わっていない。

一番響いたのは、直接議長から進退の話。これは一番重たいと思う。当選2回の議員は、そう言った。


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