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主治医の夏休みという問いが成立する場所

代診で病棟に入ると、必ず一度は聞かれる。先生は。いつもの先生はどうしたのか、と。

僕は「所用で」と答えている。ただ、この答えは統一されていない。学会で、と言う医師もいる。出張です、で通す医師もいる。そして時々、正直に「主治医は夏休みでして」と言ってしまう者がいて、そのあと病棟が少し面倒になる。だから多くの場合、誰もが少しずつ曖昧に濁す。なんか休んでますね、というあたりに落ち着く。

一方で、隠さずに済む場面もある。夏休み中は〇〇先生にお任せしていますのでご安心ください。そう言えるなら、休暇を休暇と呼んでも角が立たない。引き継ぎ先を名指しできるからだ。家族の側も、待つべき相手が別に立ったことを理解する。

言えないのは、名指しする相手がいないときである。一人科長の科では、同じ専門の医師が院内に他にいない。他科の医師に頼めば「専門の先生ではないのですか」と返ってくるし、誰にも渡せなければ、休みの理由をぼかす以外に手がなくなる。

つまり言葉づかいを決めているのは、医師の誠実さではない。引き継ぎ先の有無だ。そしてそれは、その病院に医師が何人いるかで決まっている。

2024年6月10日の朝日新聞に、認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長・山口育子氏へのインタビューが載っている。医師の働き方改革を実らせるには患者の側も変わる必要がある、として三つの課題が挙げられていた。夜間や土日に説明を求めないこと。医師以外の職種の役割を理解すること。そして「1人の医師にすべてを託す」考え方を手放すこと。

氏はインタビューのなかで、「1人主治医制」では現場が持たなくなってきたため、入院中は「チーム主治医制」を採る病院が増えている、という趣旨のことを述べている。何かあったときに主治医がいつでも駆けつけるのではなく、複数の医師で情報を共有して対応する。患者の側にはその変化を受け入れてほしい、と。

筋は通っている。

そのうえで、読みながら考えていたのは、この提言がどこの病院の話なのかという点だった。


不満と、その答え

これは入院の話である。挙げられている相談例も、母親の病状が悪いのに主治医が夏休みを取る、という入院患者の家族からのものだ。外来の話ではない。

「主治医が夏休みを取る」という不満が成立するには、まず主治医が1人に決まっていなければならない。誰が担当か曖昧な病棟なら、誰が休もうと不満の宛先がない。

そして、その不満への答えがチーム主治医制であるためには、代わりに立つ医師が院内にいなければならない。いなければ、複数人で診ますと説明しても中身が伴わない。

不満が起きる条件は患者の側にあり、それを解消する条件は病院の側にある。山口氏が求めているのは前者の変化だが、変化した患者が入院した先に後者が用意されているとは限らない。この記事が数えるのは、後者のほうだ。

なお、医師が個々の患者に常時応答しなければならない法的義務は存在しない。令和元年12月25日の厚生労働省通知(医政発1225第4号)で、応招義務は「公法上の義務」(患者個人に対してではなく国に対する義務)として整理された。診療の求めに応じないことが正当化されるかを判断する要素にも、緊急対応の要否のほかに診療時間・勤務時間内かどうかが含まれている。法的には、主治医が休むことに障害はない。障害は家族の側の期待に置かれている。

数えてみる

厚生労働省の医療施設調査に当たった。令和6年10月1日現在、全国の病院は8,060施設。病床規模別の内訳はこうなる。

200床未満が5,662施設、全体の70.2%を占める。開設者では医療法人が5,626施設で69.8%。民間の中小病院が病院という言葉の実体だと言っていい。

では、複数の医師で情報共有して交代で対応する体制が組める規模はどこからか。令和5年の静態調査・第137表から、一般病院1施設当たりの常勤医師数を拾う。

最も施設数の多い50〜99床で、常勤医は5.3人。病院全体で、である。内科・外科・整形外科と標榜科に割れば一科あたり1人前後になる。その規模でチームを組めと言われても、組む相手がいない。

冒頭に書いた一人科長は、この層では例外ではなく標準形だということでもある。〇〇先生にお任せしています、と言えるかどうかは、この表のどの行にいるかでほぼ決まっている。

この5.3人という数は、法令違反ではない。医療法の人員配置標準は一般病床で16対1、療養病床で48対1。一般病床80床なら必要な医師は5人で、常勤5.3人はおおむね基準を満たす水準にある。適法だが、交代要員としては足りない。法令が求めているのは日々の診療を回す頭数であって、誰かが1週間抜けたときの代替ではないからだ。

非常勤が3.6人いるじゃないか、という話にはなりにくい。実務上、非常勤の主戦場は外来のヘルプで、病棟の受け持ちを引き受ける形にはなりづらいからだ。統計はそこまで区別していないが、入院主治医の頭数としてそのまま足すには無理がある。

そのうえ、非常勤への依存度は規模と逆相関している。900床以上で医師の実働に占める非常勤の割合は17.8%。50〜99床では40.4%。小さい病院ほど、医師の実働の4割を外部から借りて成り立っている。

チーム主治医制が科として成り立つのは、実質300床以上。1,394施設、病院全体の17.3%にとどまる。

入院患者の四割

施設数だけで話を終わらせると、数字を読み違える。入院患者がどこにいるかを見なければならない。

第58表から在院患者数を取る。令和5年9月30日現在、病院の在院患者は1,092,187人。一般診療所が25,269人で、歯科診療所はゼロ。合計1,117,456人が、この日どこかの病床にいた。

300床以上に451,176人。全体の40.4%が、1,394施設に入院している。一般病院に限れば、在院患者890,039人のうち377,928人で42.5%になる。

分母を病院だけに揃えると、直接に比べられる。病院の在院患者1,092,187人のうち、300床以上が451,176人で41.3%。施設数では8,060のうち1,394で17.3%。施設の2割弱に、入院患者の4割が集まっている。なお施設数は令和6年、患者数は令和5年の調査で、1年ずれている。

つまり山口氏の提言は、届く範囲が狭いわけではない。入院患者の4割はチーム主治医制が成立しうる場所にいる。射程の問題は、狭さではなく、残りの6割の扱いにある。

主治医1人が抱える数

その6割の中身を見る。在院患者数を施設数で割り、常勤医数で割る。一般病院、いずれも令和5年で揃えた。

ピークは100〜149床の11.0人。900床以上の1.5人と比べて7.3倍になる。単調に増えるのではなく山型を描き、20〜49床で下がるのは療養病床主体の施設が多いためだろう。常勤医には入院を持たない科の医師も含まれ、在院患者には療養病床の分も入るので、精密な受け持ち数ではない。それでも方向は動かない。

100〜149床の病院で、医師1人が11人の入院患者を持っている。その1人が1週間休めば、11人分の主治医が同時に消える。代わりを立てようにも、病院全体で常勤医は8.4人しかいない。

900床以上なら、医師1人の受け持ちは1.5人。休んだところで、周囲に464人の常勤医がいる。

同じ「主治医が夏休みを取る」という事象が、この二つの施設ではまったく違う重さを持つ。前者では病棟が傾き、後者では誰も気づかない。

射程は狭くない

山口氏の提言に誤りはない。チーム主治医制は現に広がっているし、入院患者の4割はその恩恵を受けうる場所にいる。

書かれていないのは、残る6割の条件のほうだ。200床未満に449,635人、40.2%。200〜299床に191,376人、17.1%。この層では、チームを組めという要請に応じる人員が存在しない。

提言の母集団も分からない。COMLは取材時点で7万件近い患者からの電話相談に応じてきたとされ、その後も件数は増えている。その相談が、どの規模の施設から寄せられたものかは公表されていない。主治医が夏休みを取るという不満を持てるのは、主治医が特定できる病院に入院している患者の家族だけだ。

一方で、働き方改革の側は施設規模を問わない。時間外労働の上限規制は、900床の大学病院にも50床の民間病院にも同じようにかかる。規制は一律で、対応可能性は不均一だ。300床以上ならチームを組んで凌げる。50〜99床の常勤5.3人には、凌ぐ方法が用意されていない。

患者が変わるべきだ、という提言はその通りだと思う。ただ、変わった患者が入院する先の4割はもともとチームが組める病院で、6割はそうではない。後者で「チーム主治医制を受け入れてください」と言われても、受け入れる対象が病棟に存在しない。

代診で病棟に立つとき、僕が言葉を濁す相手は、その6割の側にいることが多い。いつもの先生を待っている家族だ。待たれている医師は1人しかいなくて、その1人が11人を持っている。〇〇先生にお任せしていますと言えるなら、そもそも濁す必要はない。言えないから濁している。

先生は、と聞かれる。いつもの先生はどうしたのか、と。


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