AIで人はバカになるのか? 能力を借りるということ
AIを使うとバカになるらしい。
便利な言葉である。
記憶力が落ちる。集中力が落ちる。文章を書けなくなる。自分で考えなくなる。IQまで下がる。
これらを全部まとめて「バカになる」と言えてしまう。
しかし、AIを使って以前より良い成果物を作れるようになった人が、AIなしでは以前より問題を解けなくなっていた場合、その人の能力は上がったのか、下がったのか。
ここを区別しないと、AIをめぐる議論はほぼ全部すれ違う。
AIがある間だけ正解できるなら、能力が増えたというより、能力を借りている。
そして、借りた能力で出した成果と、自分の中に残った能力は同じものではない。
AIがある間だけ成績が上がる
生成AIについて、この違いがかなりはっきり出た実験がある。
2025年に発表された研究では、トルコの高校生約1000人が数学の練習に生成AIを使った。
標準的なChatGPTに近いインターフェースの「GPT Base」を使った生徒は、練習中の得点が対照群より48%高かった。教師が用意した問題情報やヒントを組み込み、答えを直接渡しにくくした「GPT Tutor」では、得点が127%高かった。[1]
ここだけ読むと、AI教育は大成功である。
ところが、AIを取り上げて試験をすると、GPT Baseを使っていた生徒は、最初からAIを使わなかった生徒より17%低い成績を取った。
一方、答えを直接渡さず、段階的に学習を支援するGPT Tutorでは、この不利益は大きく緩和され、AIを使わなかった生徒との間に明確な差は確認されなかった。
この実験が示しているのは、「生成AIは学習を妨げる」という単純な結論ではない。
同じ生成AIでも、設計と使い方によって結果が違う。
目の前の問題を解くために使えば、成績は上がる。しかし、問題を解けるようになるために使わなければ、AIを外したあとに能力が残らない。
ここでは「成果」と「学習」が反対方向に動いている。
仕事でも同じことは起こりうる。
AIを使って質の高い文章を作れたとしても、その過程で本人の文章力が上がったとは限らない。以前より速くプログラムを書けるようになっても、コードを読んで不具合を見つける能力まで上がったとは限らない。
完成品だけを見れば、能力が向上したように見える。
しかし、道具を外した瞬間に崩れるなら、向上したのは人間ではなく、人間とAIを合わせたシステムの性能である。
1975年に下がったのは「人類の知性」ではない
新しい技術が人間の頭を悪くしたという話になると、スマートフォンやSNSが犯人として挙げられやすい。
ところが、ノルウェーの男性を対象にした徴兵時の認知能力テストでは、得点は1975年生まれの世代付近で頂点を迎え、その後は低下していた。[2]
しかも、この傾向は、異なる家庭を比較したときだけでなく、同じ家庭の兄弟間でも確認された。
すべての弟が兄より低かったという話ではない。同じ家庭の中でも、後に生まれた弟の得点が相対的に低くなる傾向があったということである。
そのため、移民による家族構成の変化や、認知得点と出生率の関係による世代構成の変化だけでは説明しにくい。
少なくとも、1975年前後に起きた転換を、スマートフォンや生成AIのせいにすることはできない。
ただし、ここから「人類のIQは1975年から下がり始めた」とまで言うのは雑である。
2025年に発表された再分析では、得点の変化が下位テストごとにかなり異なることが示された。上昇期には図形推理の改善が大きく、低下期には単語理解と数学的推論の低下が中心だった。総合得点の変化を、一般知能全体の一様な上昇や低下と解釈することには慎重であるべきだという。[3]
さらに2026年の研究では、得点の低下がまず父親の所得が高い層に現れ、低所得層と中所得層では、教育到達度の上昇によって低下が一時的に見えにくくなっていた可能性が示された。[4]
つまり、観測された得点の変化自体は無視できない。
しかし、何の能力が変化したのか。なぜ変化したのか。それを一つの数字と一つの原因で説明することはできない。
この話から分かるのは、「スマートフォン以前から認知テストの得点は動いていた」ということまでであって、「人間が総体としてバカになった」ということではない。
IQという大きな言葉を使うと、測定されたものと、測定したつもりになっているものの距離が見えなくなる。
「昔も騒いでいたから大丈夫」も雑である
新技術への不安には、かなり長い歴史がある。
プラトンの『パイドロス』では、ソクラテスが、エジプト王タムスの言葉として文字への批判を語っている。
文字に頼れば、人は自分の記憶を使わなくなる。多くの情報を読んで、本当に理解していないのに知恵があるように見えるようになる、という批判である。[5]
その後も、小説やラジオからスマートフォンまで、新しいメディアが登場するたびに、子どもや若者への悪影響が繰り返し問題にされてきた。
心理学者のAmy Orbenは、この反復を「テクノロジー・パニックのシーシュポス的循環」と呼んでいる。
一つの技術について研究が蓄積するころには、社会の関心は次の技術へ移ってしまう。そのため、過去の研究を土台にせず、新しい装置が現れるたびに、同じような議論が最初から始まる。[6]
だからAIへの懸念も無視してよい、とはならない。
過去にも似た不安があったという事実は、今回の不安が間違っていることを証明しない。
反対に、過去の心配がすべて愚かだったわけでもない。
文字があれば、文字がない場合と同じ量を頭の中に保存しておく必要はなくなる。その意味では、文字は確かに人間の記憶の使い方を変えた。
その代わり、人間は個人の記憶だけでは維持できない量の知識を蓄積し、離れた時代や場所の人間と議論できるようになった。
失った能力がゼロだったのではない。
認知の一部を外部へ移すことで、個人の頭の中には収まらない仕組みを手に入れたのである。
技術が人間の認知を変えるかどうか、という問いには最初から答えが出ている。
変える。
問題は、その変化によって何ができなくなり、何ができるようになるのかである。
EEGは「バカ度」を測るメーターではない
2025年に公開された、作文中の脳波を測定した研究も注目を集めた。
54人を生成AI、検索エンジン、道具なしの条件に分けて作文をさせたところ、生成AIを使った群では、EEGから推定された機能的結合が最も弱かった。
また、自分の文章に対する所有感が低く、自分で書いた文章を正確に引用する課題でも苦戦したと報告された。[7]
ただし、この研究は査読済み論文ではなく、プレプリントである。
第1〜3セッションの参加者は54人だが、生成AIを使っていた人からAIを取り上げるなど、条件を入れ替えた第4セッションまで参加したのは合計18人だった。
さらに、この研究に対しては、標本数だけでなく、分析の再現可能性、EEGの分析方法、結果報告の不整合、手続きの透明性などを問題視する批判も出ている。[8]
興味深い警告ではある。
しかし、「ChatGPTを使うと脳が衰える」とまで証明した研究ではない。
脳波は「バカ度」を測るメーターではない。
ある作業中の機能的結合が弱かったことと、長期的に能力が失われたことも別の話である。
AI研究では、この別の話が見出しの中で一つにされやすい。
AIはメモ帳よりも深いところを代行する
人間が道具に認知作業を任せること自体は新しくない。
買い物リストを書けば、商品をすべて覚える必要はなくなる。カレンダーを使えば、予定を頭の中で保持し続けなくてよい。
認知科学では、こうした行為を「認知的オフローディング」と呼ぶ。
とくに記憶課題では、情報を外部に保存することで、その場の成績が上がることが確認されている。
その一方で、保存したメモへ予想外にアクセスできなくなった場合、最初から自分の記憶に頼っていた人より成績が悪くなることもある。[9]
外部化そのものが悪いのではない。
外部化によって何を得て、何を内部に残さなくなったかが問題なのである。
Andy ClarkとDavid Chalmersは、ノートのような外部装置も、一定の条件を満たせば認知システムの一部とみなせると論じた。[10]
この考え方に従えば、「AIを使って考えたものは本人の思考ではない」と単純に切り捨てる必要はない。
人間とAIを合わせたシステム全体を、一つの拡張された認知システムとして捉える余地はある。
ただし、生成AIはメモ帳とは違う。
メモ帳は、基本的には私が考えたことを保存する。
生成AIは、私がまだ考えていない前提、推論、反論、結論まで返してくる。
外注されるのは記憶だけではない。
答えへ至る道筋そのものが消える可能性がある。
そのとき人間側に残っていなければならないのは、すべてを自力で作り直す能力ではない。
少なくとも、出てきたものを疑い、検証し、拒否する能力である。
AIに下書きを任せても、その文章のどこが弱いかを説明できるなら、思考は完全には手放されていない。
反対に、もっともらしいという理由だけで受け入れ、何を根拠に結論が出たのか分からないなら、AIは能力を拡張しているのではなく、判断を代替している。
AIの利用を評価するとき、私は二つのことを見ればよいと思う。
道具を外したあとに何が残るのか。
そして、道具の出力にノーと言えるのか。
AIを使っている最中の生産性だけを測れば、人間は賢くなったように見える。
しかし、疑う能力まで外注した人間は、AIと一体になって賢くなったのではない。
AIから切り離せなくなっただけである。
AIに考えさせること自体が問題なのではない。
AIが考えたものを、自分が考えた結果と見分けられなくなることが問題なのである。
参考文献
[1] Hamsa Bastani, Osbert Bastani, Alp Sungu, Haosen Ge, Özge Kabakcı, and Rei Mariman. “Generative AI without guardrails can harm learning: Evidence from high school mathematics.” Proceedings of the National Academy of Sciences, 122(26), e2422633122, 2025.
DOI: 10.1073/pnas.2422633122
[2] Bernt Bratsberg and Ole Rogeberg. “Flynn effect and its reversal are both environmentally caused.” Proceedings of the National Academy of Sciences, 115(26), 6674–6678, 2018.
DOI: 10.1073/pnas.1718793115
[3] Morten Nordmo, Tore Nøttestad Norrøne, and Ole Christian Lang-Ree. “Reevaluating the Flynn effect, and the reversal: Temporal trends and measurement invariance in Norwegian armed forces intelligence scores.” Intelligence, 110, 101909, 2025.
DOI: 10.1016/j.intell.2025.101909
[4] Bernt Bratsberg, Anders M. Fjell, Ole J. Rogeberg, and Kristine B. Walhovd. “Educational expansion and the hidden reversal of the Flynn effect—Differential trends across socioeconomic strata.” Proceedings of the National Academy of Sciences, 123(28), e2536089123, 2026.
DOI: 10.1073/pnas.2536089123
[5] Plato. Phaedrus, 274c–275b.
[6] Amy Orben. “The Sisyphean Cycle of Technology Panics.” Perspectives on Psychological Science, 15(5), 1143–1157, 2020.
DOI: 10.1177/1745691620919372
[7] Nataliya Kosmyna, Eugene Hauptmann, Ye Tong Yuan, Jessica Situ, Xian-Hao Liao, Ashly Vivian Beresnitzky, Iris Braunstein, and Pattie Maes. “Your Brain on ChatGPT: Accumulation of Cognitive Debt when Using an AI Assistant for Essay Writing Task.” arXiv:2506.08872, version 2, 2025.
DOI: 10.48550/arXiv.2506.08872
[8] Miloš Stanković, Ella Hirche, Sarah Kollatzsch, and Julia Nadine Doetsch. “Comment on: Your Brain on ChatGPT: Accumulation of Cognitive Debt When Using an AI Assistant for Essay Writing Tasks.” arXiv:2601.00856, 2025.
DOI: 10.48550/arXiv.2601.00856
[9] Lauren L. Richmond and Ryan G. Taylor. “The benefits and potential costs of cognitive offloading for retrospective information.” Nature Reviews Psychology, 4, 312–321, 2025.
DOI: 10.1038/s44159-025-00432-2
[10] Andy Clark and David Chalmers. “The Extended Mind.” Analysis, 58(1), 7–19, 1998.
DOI: 10.1093/analys/58.1.7
[11] Thomas Zoëga Ramsøy. “IQ Started Falling in 1975, but Nobody Had a Smartphone Yet.” BrainEthics, Medium, 2026年7月.
※本稿は、同記事の問題提起を手がかりとして関連する一次資料を再検討し、「AI使用中の成果」と「AIを外したあとに残る能力」の区別を軸に論じ直した。
