『プロジェクト・ヘイル・メアリー』感想|これは宇宙の『天気の子』だ
今年映画化され話題になった、アンディ・ウィアーのSF大作『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読みました!
読む前は上下巻の分厚さに怖気づいていましたが、あまりの面白さに、あっという間に読了。
ショート動画の尺に慣れきった現代人間の自分が読み切る自信はなかったのですが、
10ページごとに違う展開が訪れて、疾走感のまま「未知」にワクワクしながら読み進められる素晴らしい作品でした。
さて、ここから先は
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のネタバレと、
何故か新海誠監督のアニメ映画『天気の子』のネタバレを含みます。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』と『天気の子』、両作品の結末に触れていますのでご注意ください!
つい先日、『天気の子』を観ました。
過去3回観ていて、大好きな映画です。
私は、『天気の子』の、そして『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の、
「世界の命運よりも、自分自身よりも、あなたを選ぶ」その瞬間を愛しています。
『天気の子』では、
「晴れ女」として天気を操る代償に消えゆく運命となってしまうヒロインの陽菜を、
主人公の帆高が救おうとします。
陽菜はもう晴れ女なんかじゃない、
青空よりも、俺は陽菜がいい
私が『天気の子』で一番好きなシーンは、
帆高が陽菜のもとに向かうまでの、身近な大人である須賀とのやり取り。
それまで須賀さんは、歳を取ると「大事なものの順番を入れ替えられなくなる」と語り、
人柱一人の犠牲で東京の天気が正常になるなら、それで良いとも思っていたのです。
帆高が陽菜に会おうとする(つまり、東京が悪天候から戻らなくなる)のを、説得して止めようとしていた須賀さん。
しかし土壇場で須賀さんは、一人の少女に会いたいという一人の少年の願いにあてられ、「大事なものの順番」が滅茶苦茶になって、
走れ!
世界よりも陽菜を選ぶよう、帆高に促したのです。
『天気の子』で帆高が選んだのは、ある意味「子どもっぽい」、身勝手で無責任な行動です。
しかし、それは作品のカタルシスを生み、
責任感がある、お行儀の良い「大人になってしまった」私たちに、自由の美しさを突きつけるのです。
話を『プロジェクト・ヘイル・メアリー』に戻します。
私が一番好きなシーンは、グレースが片道切符でロッキーのもとへ向かい、再会するところ。
地球の命運を背負って宇宙の旅に出た彼は、最後は自分の身を犠牲にしても、
ロッキーと、ロッキーの世界を選びました。
この選択を迫られることになるのが、ストラットだったら、あるいは、地球の行く末に責任を感じる他のメンバーだったら。
きっと、こんな筋書きにはならなかったでしょう。
「生まれ育った地球に帰ること」や「地球を救うヒーローになること」は、グレースの天秤の上で、軽い方に傾きました。
彼の「大事なものの順番」は、滅茶苦茶です。
ある意味「子ども」のような溢れる知的好奇心のままに、宇宙の形を確かめ合うグレースとロッキーだからこそ、本当の友情を育んだのだと思います。
そんな大事な存在であるロッキーを救えるのは、自分しかいないのだから。
いまいくからな、バディ。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の終章は、
『天気の子』で言うところの、「遠くから、東京に晴れ間が見えた」かのようなラスト。
爽やかな気持ちで、彼の「ちょっと変わった日常」を見守って終わります。
しかし、選択の果ての結末を見て思うのです。
私は、彼のような選択肢を選べる大人でいられるでしょうか。
この難しい問いが胸のどこかに残りながら、私は幸せな気持ちで本を閉じました。

