ラヴェルのピアノ曲の風景─砂漠の象、古代の石柱、回るマドラー
前回からのつづき。
フィリップ・アントルモンのサティを聴いているうちに、他にも聴きたくなり、最終的にラヴェルに行き着きました。
特に映像が浮かぶ曲について書いてみます。
懐かしいアントルモンのピアノで。
《亡き王女のためのパヴァーヌ》
この曲は、砂漠と象が頭に浮かんでしまう。
なぜ、象?砂漠に象?
と思うけれど、私にも理由がわからない。
今回、試しに数人のピアニストを聴き比べてみたら、やっぱりみんな象が出た。
それぞれ、鼻が白かったり、お香の匂いがしたり、陶器の象だったりしたが、やはりどの演奏も、砂漠の向こうに、象が歩いているのだった。
うっかり聴き比べをしすぎた。
今回は、小学生時代の思い出のピアニスト、フィリップ・アントルモンでいくのだ。
アントルモンの象は、涼やかな甘い砂を踏みながら、カゲロウみたいに揺れているのだ。
モーリス・ラヴェル《亡き王女のためのパヴァーヌ M.19》
ピアノ:フィリップ・アントルモン
夜明けが始まる少し前の空気。
砂漠と蜃気楼と象の光景。
砂漠の砂は生クリームみたいな白。
薄い桃色。
山吹色、橙色、茶色のグラデーション。
「白」からは、少し甘い匂いがする。
この砂は冷たい。
陶器みたいな、ひんやりした砂。
砂に足首まで埋まって立っている。
足元の砂はサラサラキラキラ。
遠くにゆらゆら蜃気楼。
あの辺りは暑いのか。
揺らぐ蜃気楼の中を、象が行進している。
遠くの砂を踏んで、象の群れが通る。
ピアノが、象のゆっくりした、ひとあしひとあしに聴こえる。
象の足音は、
流れる砂にめり込んで、
音が吸い取られてしまう。
象の足が、がっしりと砂にめり込む。
象の足音がどんなだか、砂しか知らない。
懐かしいものを映す象の目。
音楽と自分の間に、はるかなはるかな距離を感じる。
モーリス・ラヴェル《ソナチネ 嬰へ短調 M.40》より 第2楽章
ピアノ:フィリップ・アントルモン
水の上にいる。
波が立っていない、鏡のような湖面。
水の中には、古い石柱が立ち並んでいる。
どこまでも果てしない。
石柱の平らな頭は、湖面スレスレにある。
「けんけんぱ」をしながら、石柱の頭を踏んで、水の上を渡る。
けんけんぱ けんけんぱ。
透き通る群青の水。
誰も来ないから大丈夫。
石を投げ入れたら、水がモワッと濁った。
砂の粒が舞い上がり、柱が見えなくなる。
水中の砂は回転しながら沈んでいき、やがてしんと静まりかえる。
青い水底は透き通って、石柱の林がどこまでも広がっている。
柱は何千年もずっと立ってきた。
群青の水中に、雪の色をした柱たちが、
黙って立ち続けている。
生き物はいない。
足元の石柱をたたくと、湖一面にこだました。
群青の水に、乳白色の波紋が広がる。
石柱たちのこだまリレー。
何千年もの昔からの音。
モーリス・ラヴェル《クープランの墓 M.68》より
「プレリュード」
ピアノ:フィリップ・アントルモン
マドラーが回る。
透明なマドラーが、クルンクルンと回転している。
水の中にいる。
目の前をマドラーが回転しながら通り過ぎていく。
クルンクルン。
ピアノの音は、空色とセルリアンブルーの瑞々しい音。
カリンとした薄荷みたいな泡が立ち昇る。
泡がプツッと弾ける「P」の音。
やがて、音は笑いながら螺旋を描いて駆け上がり、
私は取り残される。
頭の上、ずっと上の方、
水の縁で、音たちがこっちを見ている。
忍び笑いしながら。
ついていけなくて、黙って見上げる。
おしまい。
「プレリュード」は、どうしてもマドラーがクルクル回転する様子が浮かんでしまう。以前に、務川慧悟さんの「プレリュード」の演奏のことを書いた時にも、マドラーの景色を書いた。
務川さんのピアノは温かくて、オレンジ色みたいな風景の中をマドラーが高速回転した。
色合いは異なっても、このマドラーの風景は最後には自分が置いていかれてしまうのだ。
音が笑いながら駆け上がっていくのを見上げて終わるのは、寂しい気持ち、途方に暮れる気持ちになる。
でも、そんな気持ちもまた良い、と外側から俯瞰する自分の視線も感じる、不思議な一曲だ。
Maurice Ravel
Pavane pour une infante défunte
M. 19
Sonatine in F-sharp minor
M. 40
II. Mouvement de menuet
Le Tombeau de Couperin
M. 68
I. Prélude
Piano: Philippe Entremont
