針刺しでは梅毒を検査するの? の巻
昨日は術前のHIV検査について、いっちょ噛みしてみました。で、今日は針刺し後の梅毒検査の話です。術前検査では、HBV、HCV、HIV、梅毒の4大感染症が採取されるわけですが、針刺しの後にもルーチンでこの4種類を測っていることがしばしばあります。でも実際梅毒って針刺しセットに入っている割に、その対応が特に決まっていなかったりします。だって、他3つと違ってやってない所も多いから。
マジで?!
はい、マジです。具体的にどの程度の施設がって言われると数字はないですけど、施設によってはHIV、HBV、HCVの3つだけという所もあります。とはいえ、梅毒は針刺しで絶対に感染しない病気とはいえないです。梅毒は性感染症の顔が強いですが、血液を介した感染の歴史もあります。輸血梅毒という概念があります。
輸血梅毒は、1941年までに138例が報告されていたとされています。一方で、米国では1960年代以降、輸血梅毒の報告はないとされています。現在の献血スクリーニングや血液製剤管理のもとでは、輸血梅毒はまず出ることがなくなりました。でも、「血液から感染することがある」という病気なのは事実です。
さらに最近の実験で、Treponema pallidumを血液製剤に加えた条件で、全血では7日、血小板では6日まで生存できることが確認されました。輸血の中にも頑張って生き延びている梅毒たちがいるってことですね。生命の神秘です。ただ感染が実際に起こるのかはまだ不明です。
さて、針刺しではどうでしょうか。
HBVは、ワクチン未接種・感受性者がHBe抗原陽性の血液で針刺しをした場合、肝炎のリスクが22〜31%、血清学的感染のリスクが37〜62%とされてきました。HIVは経皮曝露でおおむね0.3%。HCVは古典的には平均1.8%という数字が使われてきましたが、CDC 2020では経皮曝露後のHCV感染リスクは0.2%とされています。昔から言われているB肝:C肝:HIV=30%:3%:0.3%ってやつですよね。概ねイメージはそのくらいです。
でも、梅毒の針刺し感染については、全く不明なんですよ。あるのが症例報告くらい。これは、47歳女性医療者が神経梅毒患者に使用した針で刺傷し、day 0では梅毒検査陰性でしたが、day 90でVDRL 1:2、TPHA 1:320、FTA-ABS IgG/IgMで陽性となったという報告です。当然それ以外に感染しうる行動歴はない。やはり針刺しでも感染する!
・・・ても症例報告できるレベルに少ないってことですよね。
だから、梅毒は針刺しで何%起きますかって聞かれたら答えはないんです。
三体星人でもおそらく答えを持っていないでしょう。
HBVとHIVとHCVに関しては、職業曝露後対応がきちんと決まっています。HBVならワクチン、HBIG、抗体価測定。HIVならPEPがあります。HCVには予防法はありませんが、曝露源と被曝露者のベースライン、HCV RNAフォローで感染成立を早く拾うなどという対応が決まってます。つまり、3種は「起こるかもしれない」だけでなく、「起きたときにどう動くか」までセットになっています。
一方、梅毒は針刺し感染がゼロではないものの、頻度がはっきりしないようだし、対応もHBV・HIVほど時間勝負ではありません。しかも針刺し以外の場所で感染するチャンスが無数にあって、いろいろなところで感染が起こりうる以上は、針刺し由来であると言い切る事もできない。
てな感じで、針刺して速やかに対応しなければいけない疾患じゃないんですよね。
じゃあなんで術前検査では測定するの?
ごもっとも。術前では感染リスク以外に測っているのに、針刺しではまったく触れない。そのズレが気持ち悪いのは自然です。一応、未診断梅毒の拾い上げ、治療歴不明の陽性を整理する目的、施設慣習、感染症スクリーニング、診療報酬上の扱いなどが混ざっています。とはいえ針刺しだって同じでしょ?と言われたらそうかも知れませんが、慣習の部分もあります。出血や曝露量なんかも針刺しより圧倒的に多いですしね。なので術前には検査するのが習わしになっています。
それに対して針刺し後の梅毒検査は他の3つに比べるとその重要度が落ちるし、そもそも針刺し程度で感染が成立することはほぼないだろうと言われています。
だから、やらなくていいとは言わないけれど、施設の解釈で行ったり行わなかったりする検査になっているんです。
この機会に皆さんも自施設で梅毒も調べているかどうかを見てみましょう。
☆お土産☆
・梅毒は針刺しで絶対に感染しないわけではなく、針刺し感染症例報告はある。
・ただし、HBV、HCV、HIVのように「針刺しで何%」と出せる頻度データはない
・針刺し後の梅毒検査をするかどうかは施設によって異なる判断がされている。
参考:
MMWR Recomm Rep. 2001 Jun;50(RR-11):1-52.
MMWR Recomm Rep. 2020 Jul;69(6):1-8.
Transfusion. 2021 Nov;61(11):3231-3241.
Ann Blood. 2022;7:15.
