人は環境によって姿を変える
人は社会の中で、たくさんの人と関わり、
喜び、悩み、ときにはぶつかり合いながら生きている。
そんな生き方は、他の生物にはできないんです。
人間ならではの営みです。
だから、人が集まるところには、さまざまな個性がぶつかる。
「私が一番でいたい。」
「あの人より優れていたい。」
そんな競争心を持つ人もいる。
その人は悪人なのではない。
ただ、その考え方のほうが自分にとって居心地がいいのだろう。
会社には「お局様」や「ご意見番」と呼ばれる人もいる。
自分の考えをはっきり伝え、周りを引っ張っていく人。
私は、そういう人を見ると、「強い人だな」と思う。
自信があってうらやましいとさえ思う。
だが、みんながそうある必要はない。
自分の意見を前に出せる人もいれば、
誰かをそっと支えることが得意な人もいる。
どちらが上でも下でもない。
それぞれに、その人らしい役割がある。
ふと思うことがある。
お局様と言われている人が今の職場を離れ、
まったく新しい環境へ行ったらどうだろう。
もしかしたら、初めての場所では、
子猫ちゃんのようにおとなしくなるかもしれない。
なんか想像するとちょっと面白いよね。
そう考えると、肩書きや立場というものは、
人が身にまとう「鎧」のようなものだと思う。
鎧を着ているから強く見える。

でも、鎧を脱げば、誰もが同じひとりの人間だ。
人は、自分の立場や経験というフィルターを通して物事を見ている。
これまでどんな人生を歩み、どんな喜びや悲しみを経験してきたのか。
今、どんな立場で、何を守り、何を大切にして生きているのか。
そのすべてが、その人だけの「ものの見方」をつくっている。
だから、同じ出来事を目の前にしても、「素晴らしい」と感じる人もいれば、「納得できない」と感じる人もいるだろう。
誰かには希望に見えることが、別の誰かには不安に映ることもある。
それぞれの見るフィルターが違うからだ。
だからこそ、人はそれぞれ違う受け取り方をする。
それは、どちらが正しい、どちらが間違っているという話ではなく、その人が歩んできた人生の違いが映し出されているだけなのだ。
相手を変えようとするより、
「この人はこういう世界の見方をしているんだな」と少し高いところから見えた時
人との関わりは少しだけ楽になる気がしている。
