「病院に戻すべきか」で迷う人ほど、病院で何が見られていたかを知らない。
「最近ちょっと様子が変で……入院させたほうがいいんでしょうか?」
グループホームの世話人さんから、そう電話が来ることがあります。
こちらから聞き返します。
「どんなふうに変わりましたか?」
返ってくるのは、たいてい「なんとなく」という言葉でした。
電話の終わり、こちらはこう伝えます。
「もう少し様子を見てもらえますか?」
世話人さんは、少し困った声で「わかりました」と答え、電話を切ります。
この「様子を見ましょう」という結論。
実はこちらも、判断材料が足りないまま出していることが少なくありません。
【なぜ、判断材料が足りなくなるのか】
病棟にいると、患者さんの変化は自然と目に入ります。
夜、何回もナースコールが鳴る。
食堂に来る時間が遅くなる。
言葉数が減る。
こうした変化を、日々のバイタルや観察記録と一緒に見ています。
でもグループホームには、この観察の枠組みがありません。
世話人さんが悪いわけではないんです。
そもそも、何を見ればいいのか、教わる機会がなかっただけです。
だから「なんとなく変」という言葉しか出てきません。
そしてこちらも、「なんとなく」からは、様子見以上の判断ができません。
情報が病院と地域で分断されている。
これが、この構造の正体です。
【あの電話を、もう一度巻き戻してみる】
冒頭の電話を、もう一度たどってみます。
世話人さんは、こう続けていました。
「そういえば、最近部屋にこもってることが多いです。あと、少し痩せたかもしれません」
これだけで、実はかなりの情報でした。
部屋にこもる時間が増えることは、対人接触を避け始めているサインであることが多いです。
体重の変化は、食欲や生活リズムの乱れを反映していることがあります。
この2つが同時に出ているとき、精神科の現場では注意深く見ていく場面が少なくありません。
でも、電話の中では、この2つの情報は「なんとなく」の後ろに埋もれたままでした。
聞き出せなかったのは、世話人さんのせいではなく、こちらの聞き方の問題でもありました。
【もう少し具体的に、見るとしたら】
こもる時間の変化は、量ではなく比較で見ます。
先週まで居間にいた時間が、今週はどれくらい減ったか。
数字にできなくても、「前は夕食後もリビングにいたのに、最近は食べたらすぐ部屋に戻る」という比較だけで、十分な情報になります。
言葉数の変化も同じです。
普段よく話す人が急に無口になったときと、もともと無口な人が変わらず無口なときでは、意味が違います。
「いつもと比べてどうか」という視点が、いちばんの手がかりになります。
眠れているかどうかも重要です。
夜中に物音がする、朝起きてこない、日中ぼんやりしている。
これらは、睡眠が崩れているサインとして見ることができます。
こうした変化が複数重なったとき、様子見ではなく相談のタイミングだと考えます。
逆に、1つだけの変化であれば、しばらく見守るという判断も成り立ちます。
「なんとなく」で済ませていた変化、思い当たるものはないでしょうか?
【見方を知らないまま抱え込むと、何が起きるか】
見方がわからないまま日々が過ぎると、世話人さんは一人で抱え込みます。
「相談しても様子見と言われるだけだから」と、次第に相談自体をためらうようになることもあります。
そして変化が進行してから、初めて病院につながる。
そのときにはもう、入院が必要な状態になっていることが珍しくありません。
早く気づけていれば、外来の調整だけで済んだかもしれない場面が、結果として大きな対応になってしまう。
これは、誰か一人の失敗ではありません。
見方を翻訳する機会が、どこにもなかっただけです。
【それでも、割り切れない部分】
観察のポイントを整理しても、判断がすっきり白黒つくわけではありません。
「相談していいのか、大げさだと思われないか」という迷いは、どれだけ知識があっても残ります。
現場でも、経験を積んだスタッフでさえ、判断に迷う場面はあります。
マニュアル化しきれない部分が、最後まで残るということです。
だからこそ、迷ったときは「様子を見る」ではなく「一度聞いてみる」を選んでほしいと思っています。
聞かれて困る医療者は、少ないはずです。
【最後に】
「なんとなく変」で終わらせなくていい。
比較の視点さえあれば、それは立派な報告になります。
あの電話の世話人さんに、今なら伝えたいことがあります。
「部屋にこもる時間と、体重の変化。その2つ、次はぜひ最初に教えてください」
その一言だけで、様子見の結論は、少し違うものになっていたかもしれません。
精神科の現場で18年見てきたことや感じた事を、これからも書いていきます。
自己紹介はこちらです。
急変前の前兆に気づくための観察の視点は、こちらの記事にもまとめています。
週に一度、note限定で「心の境界線ノート」という連載をしています。よろしければ覗いてみてください。
また次の記事で😁✨
#グループホーム #精神科看護師 #障害福祉 #生活支援員 #メンタルヘルス #観察力
マガジン:職場と人間関係の精神科的な話
