ピーマンと緑色のテーブル
こんにちは。
今、ちょっとした事があって、落ち着いて記事を書ける状態ではないのですが、週1投稿が途切れてしまうので、がんばって書きました。
よろしかったら読んでください。
いつもより短い1400字程度の文章です。
◆◆◆
昔むかしのお話です
わたしがごく若い頃に
絵を描くことを生業にしていた時代がありました
食べて行くのがやっとの貧乏絵描きでした
それでも絵描きと名乗れるようになった始まりは
親しい方の後押しで個展を開くようになったからでして
お客もその方のお知り合いばかり
嬉しいような、ちょっと情けないような
複雑な思いのデビューでありました
自分の作品は全く未熟なものだと
じゅうぶん知っていましたので
手軽に買い求めていただける値段を
付けさせていただきました
お客はほんの少数でしたが
親しい方のお知り合いという事もあって
少しずつですが絵が売れて
手元に残ったお金で暮らして行けるようになったのです
捨て猫を拾っていっしょに寝起きした暮らしは
いま思い出しても気ままで愉快なものでした
主人は猫の方でしたが
それがたまらなく幸せで
柔らかい毛皮の感触が
手のひらの中でいまも生き続けています
あの頃わたしは、2枚の連作を描きました。
最初に描いたのは
緑色のテーブルに
ピーマンを置いた絵でした
ピーマンの横には
黄色い菜の花を
花瓶に挿して添えました
タイトルは「ピーマンのある静物」です
その絵を見たある人が言いました
「緑色のテーブルに緑色のピーマンを置いても
ぜんぜん引き立たなくてつまらないね」
そんな感じ方もあるんだろうなと
わたしは思って笑いました
別の人が言いました
「なんで緑色のテーブルの上に
わざわざピーマンを置くの?」
ちょっと怒られたみたいで
わたしは返事が出来ませんでした
次に描いたのは
黄色いテーブルに
檸檬を置いた絵でした
檸檬の横には
紫色のトルコギキョウを
花瓶に挿して添えました
タイトルは「檸檬のある静物」です
その絵を見たある人が言いました
「黄色いテーブルに黄色い檸檬を置いても
横にある花瓶の方が主役に見えるよね」
横にいたもう一人が笑って言いました
「タイトル変えた方がいいんじゃない?」
それもいいのかもと思いました
別の人が言いました
「黄色いテーブルに黄色い檸檬は
存在感がうすいねぇ」
わたしはハイと頷きました
「ついついキキョウの紫色に
目を惹かれてしまうね」
またまたハイと頷きました
「けれど、この檸檬は主役なんだね?」
そうですと答えました
「昼間の星を詠った詩があったね」
その人は
うろ覚えながら思い出すままに語ってくれました
青いお空のそこふかく
海の小石のそのように
夜がくるまでしずんでる
昼のお星はめにみえぬ
見えぬけれどもあるんだよ
見えぬものでもあるんだよ
聞いた事がある詩でした。
「この詩に通づるものがあるね、君の檸檬の絵には」
嬉しすぎる言葉でしたが
若輩者のわたしは深く頭を下げることしか
出来ませんでした
そしてそのお客は
2枚の連作を2枚とも
買ってくださったのでした
忘れられない思い出です
◆◆◆
すっかり歳を重ねて饒舌になってしまった今のわたしなら、あの2枚の絵について多くを語ることが出来ます。
昼間の星のように、見えないものでも気付いてほしい。大切にしてほしい。忘れないでいてほしい。
華やかなものに目を奪われたり、大きな声に耳を奪われて、小さくひっそりとしたものを見失わないでほしい。
若かったわたしが絵に込めた思いを、言葉で語れるようになった今。
それを伝えるよろこびを毎日かみしめているのです。
猫がいないことだけが、少々残念なのですが‥‥。笑
(おしまい)
このお話はカタリベ活動に参加しています。
今回は「語り」(ありのままのお話)ではなくて
「騙り」(フィクション)でした。
おあとがよろしいようで。笑
