ほとんど思うようにはいかない私の人生
夜寝るときに、
「今日も一日なんとか過ぎました。
ありがとうございます。」
って言えるようになってきました。
知的障害のあるほかろんの躁状態が少し穏やかになってきたからです。
今回の躁転は、時期的に予想出来ていたので、早めに対処できたからでしょうか。
対処と言うのは、服薬です。
「やばっ、もしかして、声でか」となったときに、主治医に電話して相談し、薬の量を増やします。
まあまあ落ち着いてきたとしても、やはり、盛り上がり過ぎて、このままではまずいなという時がありますので、気を抜くことはできません。
「ほかろんのように、躁状態になってしまう人は、グループホームでは難しいでしょうか。」と、主治医に相談しましたら、
「その時だけ入院する人もいますよ。」とのお返事。
やはり、ほかろんは安定していないから大変だろうな。
躁病のことを理解している人は、少ないので、グループホームでも大変と思われるだろうな。
入所しても、あまり激しいと、すぐ家に戻らされることもあるだろうし。
などと考えていると、私の人生、思うようになったことって、ほとんどなかったな。
世の中の私以外の人が、みんなとても偉いなあと感じてしまいます。
みんなよく、やっているしね。
しかしよくよく考えてみたら、思うようにいかなかったり、中途半端なことしかできなかったり、お金が稼げなかったりしたのは、障害のある子を抱えての、ワンオペであったからで、だからといって、ほかろんとの生活を否定したり、障害者の母であることを言い訳にしたりはしていなんで。
今の世の中で、障害者の母親が、いかに収入を得るのが難しいか。
障害のある子を育てること自体が、もはや神技ともいえるスキルと、手間、時間、感情が必用で、どれだけ疲労するか。どれだけ、心が疲弊するか。ということが、このような、思うようにいかない人生を、私に強いているんではないかと気が付きました。
そしたら、私はすごくよくやっている。
だって、今日も、私もほかろんも生きているではありませんか。
これほど素晴らしいことはないでしょう。
時々思います。
母親だけで、障害のある子を育ててきた母親が、子どもを殺したりする事件が起きたら、母親は責められるでしょう。
しかし、さっさと、障害のある子を育てるという人生から逃げ出してしまった父親は、何も裁かれないで済むのでしょう。
なんだか、腑に落ちない気がします。
薄氷を踏むような毎日を積み重ねて今があります。
そして、これからも、薄氷を踏むような毎日を送るのです。
自分で自分を励ましましょう。
ジョージ・ハリスン
「My Sweet Lord」
初めのうちは、「ハレルヤ、」と歌っていますが、しだいに
「ハレクリシュナ」となります。
先日のインドのロラパルーザで、藤井風さんが
「何なんw」を歌う時、「ハレクリシュナ」と言ってました。
やっと言えたのですね。
そして、YANGBLUDと2ショットの写真が上がっていました。
藤井風とYANGBLUDがインドで出会ったあ(下条アトムふうにいう)。
生きているといいこともあります。
ビートルズでは、ポールやジョンより、ジョージが好きでした。
タイガースでは、ジュリーより、サリー(岸部一徳)が好きでした。
クイーンでは、フレディより、ブライアンが好きです。
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