こんな夜更けにドンキかよ!再び
秋はまつりの季節なのでした。
毎週のように何かしらの、(福祉系の)まつりに出かけていた、知的障害で躁病の長女ほかろん。
ことしはまあまあかなあと思っていまして、昨日も障害者軽スポーツ大会を、何とか終えて、家にたどり着き、晩御飯を食べ、無事就寝できるかと思いきや、やってきたのです。
ヤダさんが。
ことの発端は、明日着るTシャツを替えてというものでした。
私は長そでTシャツの入っている抽斗をあけようとしたのですが、
「そこからださないで。」という無理な注文をはじめたほかろん。
しかたなく、衣装ケースから半そでTシャツを出して渡すと、
「やだあ、やだあ。」と大声でのヤダさん攻撃が始まってしまいました。
「ほかのTシャツだしてえ。」とさらに大声で叫びだしてしまいました。
もはや、何を出しても、やだあやだあです。
ああ、私のほうが言いたいよ、やだあやだあ。
もう眠たいのに、こんなやり取りしたくないよ。
ご近所の皆様、お騒がせしております。
パトロールの警官の皆様、大丈夫です。
ほかろんがやだあやだあと叫んでいるだけです。
こういう場合、私が何か言い返したりしてはいけません。
火に油を注ぐようなことをしてしまうと騒ぎが大きくなってしまって、私も叫びたくなってしまいますから。
時刻は刻々と明日に近づいていきます。
まずい、このままでは、私は眠れないではないか。
私は人一倍睡眠が必用な人間なのです。
しばらくやり取りをしましたが、狸寝入りもしてみましたが、らちが明かず、収まりませんでしたので、しょうがないなあ。
久しぶりのミッドナイト、サイクリングで、ドンキかよ!となりました。
真夜中の甲州街道。
しっかりヘルメットをかぶって、ドン・キホーテへ向かいます。
途中、パトロール中の二人組の警官の自転車に追い抜かれ、ヘルメットかぶってきてよかったと思いながら進んでいくと、名古屋行きの深夜バスが西に向かって走りすぎ、
「あのバスには、何らかの用事で名古屋方面に向かう人たちが乗ってるんだろうなあ。運転手さんはたいへんだなあ。」
とのんびり、人の心配ができるようになってきた私。理性が少し戻ってきたようです。
ドン・キホーテに到着し、ほかろんが着られそうな長そでのTシャツを探し始めるんですが、どうして、ドン・キホーテの店内って、こうも探しにくいというか、ごっちゃごっちゃの陳列の仕方なんでしょうか。
整理してわかりやすくしてくれよと、いらだちながら、やっと見つけた、ドンキエゴイストコラボハローキティ長そで。
これなら大丈夫かもとレジに行きましたが、こんな真夜中に買い物している人が結構いるのが、心強いような、悲しいような。
いつも思うのですが、このような形で、ほかろんに新しい服を買うのはいいのかどうかがわからないのです。
ほかろんは知的障害なので、思いたった時に自分ひとりで買い物に行けないから、母親である私をクレーンのように使って買い物をしているのではないでしょうか。
これは、躁病の人が買いたいものを衝動的に買うのと同じなのでしょうか。わがままをきいて甘やかしているこなんでしょうか。
けれども、私が家を出て、ほかろんと離れることで、二人とも落ち着き、私も、街中に出ることで気分が切り替わり、ほかろんが、新しい服に納得して眠ることが出来るなら、たとえその場しのぎであっても、今できる最善の手段なのではないでしょうか。
などと毎度同じことを考えながら、眠るために家に帰ったのでした。
もう嫌だよ。
次はないよ。
真夜中のドンキは。
そして、今日。
静かで口数すくないほかろん。
「きのうはごめんなさい。」
と言ったのでした。
夜中に叫んで、お母さんに買い物いかせたこと。
反省しているようです。
今回のヤダさんは躁転の兆しなのか、行事の大緊張がほどけた反動なだけでしょうか。ただの反動で済んでほしい。
もう嫌だよ。
あの躁病の日々は。
しかし、家族を巻き込むのが躁病というものならば、躁病の日々は、ほかろんと私の日常ということなので、それを受け止めるのが私の日常ということなのでしょうか。
私は風車に向かうドン・キホーテなんでしょうか。
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