わたし、やってしまいました。
あ、やってしまった。
私の目の前で、中央線のドアが閉まってしまいました。
私は電車の中。
ほかろんは、中央線下りホームに取り残されたまま。
「あ~」と叫んでるほかろんを、縞々シャツの男性が、電車に接触しないように、抑えてくださっている。
ありがとうございます。どこのどなたか知りませんが。
その朝は、知的障害、躁病のあるほかろんの通院日で、9時に予約しているてんかん専門クリニックに行くために、中央線を利用しようとしていたのでした。
なんたって、朝の通勤時間帯の中央線。
なんたって、予約が何か月も先までいっぱいで、予約が取りにくいクリニック。
苦労して予約を取る私。
朝なかなか起きないでムチャぶりばかりするほかろん。
ああ、必死の思いで、私鉄に乗って中央線の乗換駅にやっと着いたところで、やってしまった私。
ごめんねほかろん。
私は「どうしよう、」と思いながら、この先の行動を冷静に考えて、次の到着駅で下車し、もとの駅に戻り、駅員さんに、
「52歳の知的障害の女性は保護されていませんか?」と確認しましたが、そういう人はいないとのこと。
もしかして、乗り過ごしたほかろんが一人寂しく、大混雑の中央線ホームでたたずんでいるかもと思っていたけれど、それは無し。
こうなったら、もう直接、クリニックへ行って見ようと思い、私はほかろんに電話を掛けながら、電車に乗りました。
ほかろんは最近は全く電話を使っていませんが、私が仕事をしていたころは、園が終わった後に、よく私に電話をかけてきていました
だからもう、ほかろんは、5年くらい電話を使っていません。
持っているだけです。
それでも、電車の中で私は何度も電話をかけ続けました。
クリニックの最寄り駅に近づいたころ、私の電話が鳴りました。
電車の中でしたが、必死で電話に出ました。
すると
「ひとりで、これたよ。いま、くりにっくについたよ。」と得意げなほかろんの声がしました。
電車の中に響き渡るような大きな声で。
「ごめんね、でんしゃにのれなくてごめんね。」とあやまるほかろん。
謝るのは、私のほうです。
なんだか、気持ちが忙しくて、なんだか、こころがざわざわしていて、ほかろんが電車に乗るところを、しっかり確認しなかったのですから。
「ごめんね。あやまるのはおかあさんのほうだよ。偉かったね。ひとりでクリニックに行けたんだね。」
謝って、ほめて、もう泣きそうな私です。
泣いてます。
クリニックが今の場所に移って20年ほどですが、いつも私が付き添って通院しています。
ほかろんは降りる駅も、クリニックへの道順もしっかり覚えていて、一人でいくことが出来たのですね。
駅を降りてクリニックまでの道を急ぎながら、ほかろんは、待合室で大声出していないだろうかなんて、考えていたのですが、心配無用。
ほかろんは、待合室には入らず、クリニックの入口の前の椅子に座って静かに待っていました。
ああ、奇跡的に9時の予約に間に合い、診察の後、ほかろんは、バスと電車を乗り継いで、園の「なつまつり」の行事にきちんと参加することが出来ました。
走り出す電車の中で、たたずむほかろんを、なすすべもなく見つめるだけのあの瞬間、今までの私と違って、なぜかそれほどの不安感が大きくなかったこと。
多分、大丈夫だよという思いが心の底にあったこと。
それは、私がほかろんを信じられるようになったからなのではないか。
世の中の人々に、今までたくさん助けられてきた経験から、多分、ほかろんは、みんなに守られて助けられているのだと思えるようになってきたからかと。
小さい頃や通学していたころは、いなくなったり、帰りが遅くなったり、電車を乗り過ごして車庫にはいってしまったりと、いろいろあって、背中がすうーっと寒くなっていくようなことが多く、心配ばかりしてきたのですが。
最近は、ほかろんは大丈夫、なんとかなる。と思えるようになってきました。
できるやつです。ほかろんは。
母は移動支援失格です。気持ちを落ち着けましょう。
ごめんね。ほかろん。
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