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サルサとキューバとアメリカ 6

2000年前後は、ペアダンスとしてサルサが盛り上がる。サルサコングレスなどの名前でダンス発表会、DJタイム、ライブを合わせたイベントが各国で誕生。しかし肝心のライブ無しのイベントも多く、ダンス一辺倒も多かった。これは日本をはじめアジアはこのパターン。日本で唯一イスラ・デ・サルサがバンド中心だった。世界的にもメジャーなミュージシャンが毎年出演。福岡開催だが、日本最大のサルサフェス。

こんな感じだったが音楽の話に戻る。RCAレーベルのポップス系サルサが人気を博した時代。インディアやマーク・アンソニー絶頂期だろう。

サルサ関係の映画も制作された。
SALSA!
フランス制作でヒット。キューバ音楽も楽しめる佳作。
他にも毎年のようにサルサ関係の映画が公開されていたと思う。

00年代初期はキューバもティンバのバンドが人気。ロス・バンバンやバンボレオ、マノリートなどなど。
忘れてはならないのが日本のオルケスタ・デ・ラ・ルス。グラミー賞ノミネートされた日本の至宝。

しかしポップス系にふったサルサも徐々に停滞。2009年のルイス・エンリケYo No Sé Mañanaが最後のメジャーヒットだと思う。

キューバでもティンバ人気は落ち着いて、若者からの支持が薄くなる。クバトンとかレゲトンと呼ばれる音楽が人気に。

こうなるとダンスのサルサも急激に斜陽化。各国で開催されたサルサコングレスも無くなる。元締の死去が大きかったと思うが…。日本でも都市圏に多かったサルサバーも徐々に姿を消す。
音楽があってのダンス。ヒット曲が無いところでダンスはない。

これでサルサも終わっていくかと思ったが、意外なところでサルサに火が灯る。クラブミュージックからだ。インデーズからサルサメインのミュージシャンが次々現れた。これがクラブで人気になる。勿論ポップス系ではない。サルサドゥーラの系統を継ぐ。
普通のクラブであるから、ペアダンスは無し。しかし音楽好きに支持された。このインデーズ系バンドはクラブでの人気を重視して、レコードでの発表に力を入れる。クラブでは未だレコード中心のDJが数多いのだ。

しかしペアダンスとインデーズサルサがなかなか結びつかない。ペアダンスを踊る人はあまり音楽を聴いていない。残念ながらクラブミュージックでの一過性の動きになった。自分もDJやイベントで色々試したけど…。

これでサルサダンスに嫌気がさして、自分はダンスはやめてしまった。サルサは音楽だけ楽しむようになった。どうも日本のサルサダンス人には音楽が響きにくい。

例えばバレエでは音楽の表現が重要視されると言われる。音楽あってのダンス。
日本でのサルサはかなり特殊だと思う。

キューバやアメリカでラテンをルーツに持つ人々は、近しい文化や感覚があると思う。音楽による交流が国交回復の一助となれば。

サムネの写真は福井にてサルサ中心のスタジオ撮影。

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