「僕は、いじめられていた。親には言えなかった。でも、あの暗闇が今の僕をつくった。」
おはようございます、スケパパです。
今まであまり書いたことはないのですが、僕は小学生のとき、特に4、5年生の時、いわゆる「いじめられっ子」でした。
あの頃の記憶って、まだ鮮明で、1番怖かったのは、うちの小学校は理科室の傍に写真の現像室(暗室)があったのですが、1時間か2時間目の授業の終わりにその部屋に閉じ込められて、外から鍵をかけられた。
そして、お昼休みまで暗闇で過ごした。
映画『ショーシャンクの空に』の懲罰のような感じ。
あの映画で主人公のアンディは、ずっと音楽を聴いていた、脳内で。
と話していたけれど、僕はお父さんとお母さんのことを考えて数時間を過ごした。
うちはその頃、決して裕福ではなくて、両親、共働きで親に遊んでもらったという記憶がわずかしかない。だからこそ、その遊んでもらった数回も鮮明に覚えている。あの公園で遊んでもらった数回を。
暗闇の中でそんなことをずっと考えていた。

で、給食前にやっと気がついてくれた先生が助け出してくれた。
今考えると、どうして数時間もいないことに気が付かれなかったのか?
がすごく謎。
そして、自分の中でその事がさらにトラウマみたいになってるんです。
閉じ込められてイジメられたこともそうなのですが、先生たちが僕が数時間いなくても気が付かなかった、つまり、僕なんてどうでもいいんだ……というのがトラウマになっている(気がする)。
僕の場合、殴られる、蹴られるは数回しかなかったのですが、無視されたり、教室の机の中にゴミを入れられたりは毎日のようにあった。
当時の僕なりにその原因は自分にあるのでは? どうしてだろう?って考えた事がある。
僕はどちらかというと、今とは違ってかなり内気な少年で、何かを家で作ったり考えたり、新しい、面白いことを生み出すのが好きだった。だから嫌われていたのかな?とも思う。勉強はなぜかできる方だったから。
それもあったのかもしれない。
あと、やっぱり、ずっとではないけれど、鍵っ子で、学校終わりに児童館に通っていたのも要因だったような気がする。実際に言われたこともあるけれど、その言葉は父母に申し訳ないので書けないんだ。
それから中学、高校になるにつれて、僕は「キャラ変」をしようと思った。そして、無理に今でいう「陽キャ」みたいなのを演じていた。でも、根本の部分は家で何かを作り出す、アイディアで遊ぶのが好きだった。
次第に自分という存在がなんなのか? 本当に自分ってなんなのだろう? と思う大人になっていく。
自分は弱かったから(あくまでも自分が自分に思うこと)、息子には強くなってほしい! と、きっと少々強く教育をしていたりする。でもそれがいいのか悪いのかはわからない。でも世界一大事な存在で、必ず抱きしめる。
嫌がるくらいキスをする(笑)
自分がしてもらえなかったことを。
自分がしてもらえなかったことを。
僕は、実は数回他の教室とか、工作室の水道の下のスペースとかに閉じ込められた事があるんだ。
そこで1人暗闇で考えていた。
「目を閉じれば、ここはお家のお部屋と一緒だ」って。
そして、目蓋の裏?に映る、赤い点々みたいなものを数えていた。
すると、その点々が次第に色々な絵になって、楽しい遊園地とか生き物の形になっていった。

きっとだから僕は今大人になっても、アイディアで生きていけるんだと思う。あの時のいじめがなかったら、良くも悪くも普通の人になっていたのかもしれない。
これは両親(父は他界したけれど)に言ったことがない。
イジメられていたことも言ったことがない。
妻にも親族にも言った事がない。
言えなかった。
でも、今は息子に言いたい。
もし、パパに伝えたい事があったらなんでも言うんだよ。
「もし、パパにつたえたいことがあったら、なんでもいうんだよ」
でもね、それをきいてもパパたすぐにそれを解決しようとしたり、助けるかは分からない。そういう経験と自分で戦うのも強くなるための大事な事だから。
全てに対して、しなくていいよ、答えはこれだよ、ってしてしまうと自分で戦う、想像する力が自分の中で育てる機会を失ってしまう。
僕はアイディアでできている。それだけで食べていけている。
それはあのいじめの日々があったからだ。
あの時の彼ら、彼女たちに本当に言いたい。
ありがとう。って
本当に嫌味じゃなくて、強さをくれましたし、何もなければ、そこからそこにあるものでなんとか工夫することを教えてくれた。

だから今の僕は強い。
大好きだよ、おっと。
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