シリコンバレーで起業した会社を清算した話
2021年にシリコンバレーに渡米し、AIxEdtechのスタートアップを現地で立ち上げました。その会社を昨年2025年に閉じ、現在は日本に帰国しています。
その過程での反省や後悔が山のようにあり、1年経ってようやくそれらを消化しつつあるのでこのnoteを書いています。
過去のnoteを読んでいただいた方にはその続きになります。
正直自分にとっては恥ずかしい話でしかないですが、起業の失敗に関する体験談が日本語の記事では少ないし、せっかく周囲の支えもあって挑戦させてもらえたので、何かスタートアップ業界に還元できればと思い書き進めています。
実際自分が辛かった時に心の安定剤になったのは他人の失敗談だったので、同様にこのnoteも苦しんでいる誰かのためになればと思います。
あくまで一つの体験談として読んでもらえたら幸いです。
資金調達
前回のnote書いてから日本で最初の資金調達を行なった。
人生で初めての資金調達ということもあり上手くいくか全く分からなかったが、noteを通じて自分のことを認知してくれている投資家は多く、起業家の先輩方の紹介やアドバイスのおかげで調子良く進んだ。

結果Pre-seedの資金調達を無事達成し、渡米前の自分には想像もできなかったような素晴らしい投資家の方々に応援・出資いただいた。
やっと起業家としての第一歩が踏み出せるなと感じた。
テックハウス引っ越し
資金調達を終え、シリコンバレーに戻った。
ちょうどそのタイミングでシリコンバレーの起業家シェアハウス、テックハウスの引っ越しすることになり、さらに大きな家に移った。
それまでのテックハウスは狭い部屋に若い起業家たちが10人以上寝泊まりする、令和のトキワ荘のような状況だった。
この頃は毎朝起きた時ひどい頭痛がして午前中は全く頭が働かずに困っていたが、引っ越して広い部屋で寝るようになるとそれが綺麗に無くなり、あれは酸欠だったと気づいた。


天井が高い!
何はともあれ住む環境も大きく改善され、テックハウスもさらに日本人起業家のハブとしてより強化され、これから挑戦にさらにワクワクしていた。
↓テックハウスの最近の記事
事業検証
プロダクトとしては学生の試験勉強をアシストするAIを開発していた。
教科書の内容や生徒のレベルに合わせてAIが練習問題を作成、回答のフィードバックを行うというものだ。
当時は現地の学校の先生や生徒はまだChatGPTを触ったことがないという人も多く、新しいAIxEdtechの可能性にプロダクトや方向性にもある程度手応えはあった。
一方でこの頃のシリコンバレーにおけるAIの競争環境は熾烈を極めていた。
連日新しいAIプロダクトの発表や連続起業家による大型資金調達などのニュースが流れ、ほぼすべての領域でAIスタートアップが立ち上がっていた。
教育領域においても例外ではなく、案の定、自分とほぼ同じアイデアでかつ経歴のある起業家の資金調達ニュースが飛び込んできた。
もちろんそのまま事業を進めていても勝ち筋はあったのかもしれないが、その当時は勝てるビジョンが見えず、シリコンバレーで勝つことを最優先にしてEdtech以外の領域も模索することにした。

シリコンバレーで勝つには現状の市場で戦うのではなく、先の未来を予測し、そこで必要とされるものを作るのがいいだろうと考えた。
AI Agentに関わる記事や論文を読み漁り、複数のAI Agentを管理する時代が来ると予測した。
それの際にはそれらを管理する、上司のような役割のAI Agentが必要になると考えコンセプトを投稿してみた。
Joined s5 of nights and weekends!
— Eisuke Hirata (@EisukeHirata) June 25, 2024
I'm building a supervisor AI agent managing other AI agents
Any thoughts?
cc @_nightsweekends @_buildspace pic.twitter.com/qSBIjAqEvZ
意外とこれだけの投稿でもAIスタートアップから面白いコンセプトだと連絡が何件か来た。
早速プロダクトに落としこうもうとしたが、当時はAI Agent自体に明確ユースケースもない時期(LovableやClaude Codeなどもなかったはず)で、その中でのペインも見えず、何よりもコンセプトに対して熱を持って続けることができなかった。
このままだと勝てない
上記以外でも様々な領域やプロダクトのアイデアを試したが、なかなかこれで勝てると思えるようなものは見つけることはできなかった。
一方でAIの凄まじい進化スピードでどんどん新しいプロダクトが出されていき、焦りは加速した。
人の成長に貢献したいという志は変わらずずっとあったが、Edtechの事業ではシリコンバレーで勝てるビジョンは見えない。
シリコンバレーで勝つための事業を模索しても、熱量を持ち続けることができない。
同じ場所をぐるぐる回って抜け出せなかった。
どの方向でも明るい未来を想像することができない。
どうやったらシリコンバレーで勝てるのか。
どうやったらお世話になっている先輩方や投資家の方々の期待に応えることができるのか。
なんでこんな苦しい思いをしてまでシリコンバレーにいるのか。
自分がここから成長できるビジョンが見えなくなり何も動けなくなった。

会社清算の意思決定
周囲の助けもあり一旦日本に帰国することにした。
地元の京都に滞在し、休息できたらシリコンバレーに戻ろうと考えていた。
ただ再度渡米するには自分の中のエネルギーが足りなすぎた。
またあの競争環境に戻る勇気がなかった。
最初渡米した時のような、またあの覚悟をすることはできなかった。
そこで初めて会社を閉じることを現実的に考えてみたが、投資家やお世話になっている人達の期待を裏切ることはありえなかった。
何でもない自分を応援してもらったし、まだ何もできていなかった。
シリコンバレーに戻ることも会社を閉じることもできず、どうすればいいのか。
そんなことを考えながら鴨川沿いを上って下ってだけで1日終えるような日々を2週間ほど続けた。
この時たまたま一緒に京都にいて精神的に支えてもらった起業家仲間のカッキー、モナさん、公平には頭が上がらない。

この時会社を閉じることに関する色んな記事を読んだが、そのうちの一つの記事の以下フローチャートが最終的に決意する決め手になった。

このフローチャート自体が必ず正しいとは思わないが、会社清算という感情と理性がごちゃごちゃになる局面において、こういったツールは理性的な判断の助けになると思う。
自分の場合スタートアップを続けたいとは思っていたが、それはもう期待に応えることやその執着だけになっていることに気がついた。
自分の中の炎は消えてしまっていた。心が折れてしまっていた。
もしかしたらアメリカに戻って(もしくは日本で)ダラダラ事業を続けることはできるかもしれないが、それを投資家のお金を使ってやるべきではないなと。
会社の清算を決断した。
投資家への謝罪回り
そう決断してから投資していただいたVCやエンジェル投資家たちに連絡し、なるべく対面でのアポを取って一人一人謝罪して回った。
フルスロットルでアクセルを踏んで資金を使い果たしたとか、シリコンバレーの競合に叩き潰されたとか波乱万丈のスタートアップストーリーがあればまだ良かったかもしれない。
ただ実際は、何もできなかった。
資金もまだ残っていたし、やれることもまだあったと思う。
それでも結果期待に応えることができず、本当にただただ申し訳なかった。
全員に殺されるんじゃないかと真面目に思っていた。
よく分からない謝罪と説明しかできなかったと思うがそれでも会社を閉じることを了承していただき、投資家には相当恵まれていたと思う。
会社に残った資金を投資家に返却し、法人を正式に閉じた時は本当にただただ申し訳ない気持ちと、何もできなかった、これからどう生きるのだろうという戸惑いだけがあった。
シリコンバレーでの反省や学び
一発で勝とうとしすぎた
勝とうとするあまり、負けを恐れすぎた。確実に勝てる領域やマーケットを探していたがもちろんそんなものはないし、負けてもいいので自身の学習や成長にフォーカスできればよかった。
学び:ロングゲームをプレイする。
信念に囚われすぎた
人の成長に貢献する、シリコンバレーで勝つという強い信念を持ってシリコンバレーに挑戦してたが、逆に信念にそぐわないものは切り捨てる傾向にあった。もっと柔軟にプロダクトを作ってみたり、イベントやプログラムに参加してみたり、その時その場所でしかできないことをもっと体験できればよかった。
学び:踊れる時に踊る。
期待に応えようとしすぎた
そもそも他人は自分にそんなに期待していないし、期待に応えること自体は事業の目的になりえない。期待に応えようとするあまり失敗を恐れすぎた。
他人の期待に応えようとするのは、逆説的にかなり利己的な考えだった。
学び:期待に応えようとしない。

おわりとこれから
以上が合計4年間の自分のシリコンバレー挑戦でした。
シリコンバレーでの起業が難しいということが言いたいわけではない。
チャンスは無限にあったと思うし、自分が気が付かなかっただけで門戸はいつでも開いていたと思う。
あの時渡米したことに後悔は全くない。
おかげで渡米前からは想像もできなかったような人たちと出会えた。
ただその過程においては後悔が多く、今の自分の糧になっている。
また形は違えど、現状から抜け出せずに苦しんでいる起業家にはよく出会う。
このnoteが誰かの支えになれるか分からないが、自分自身も当時誰かの失敗談を聞いて救われた。
こんなやつがいるくらいなら自分はまだマシと思えるだけで救われる人もいる。
今後の方向性は何も決まっていませんが、今は福岡や東京に滞在しています。ちょっとずつ色んなことを始めていますが、また機会あれば報告します。
では!

