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耐えた時間の先

一緒にいると、痛みが増す。
悲しみが増す。
苦しみが増す。

それだけでも、
「一緒にいる意味」を考えてしまう。

そしてもう一つ。
楽しさを共有した記憶が、ほとんどないことも
理由の一つなのかもしれない。

いろんなことがあっても、
楽しい思い出が少しでもあれば、
また違ったのだろうかと考えることがある。

二十年近く一緒にいて、
二人で出かけたことは、両手で数えられるくらい。

それが、私たちの時間だった。

ずっと他人のような感覚。
それは、他人だった頃から変わらない。

相手にとっての普通と、
自分にとっての普通。

そのすり合わせができない苦しさが、ずっとあった。

無言の圧力。
無言だからこそ厄介だった。

何が起きているのか、理解されない。
自分でも、それを言葉にすることが難しかった。

今振り返って思う。
あの時間を耐えた意味は何だったのだろう。

だからこそ、今の自分がある。
そう思う一方で、

ここまで耐えてきた時間に、
何か意味があったのではないかと、
つい探してしまう自分もいる。

失った時間だったのか。
それとも、今の自分につながる時間だったのか。

ただ確かなのは、
あの時間を生きた自分が、
今ここにいるってこと。


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