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「ハンセン病」覚書(46) 「断種法」(1)

私は、光田健輔の最大の罪過は「断種・堕胎・嬰児殺」であると思っている。これに関しては、今までも拙文にて追及してきた。

また、新稿にて「ワゼクトミー」について詳細に検証したいと考えている。その前段階として日本における「断種法」の歴史的背景と経緯に関して、藤野豊『「いのち」の近代史』等々を参考にしながらまとめておきたい。


日本における「断種法」制定の気運は、ドイツ(ナチス)の影響によるものである。

1933年1月、アドルフ・ヒトラーが首相となり、ナチス政権が樹立されるが、ナチスは党綱領に「国民保健の向上」を謳い、「アーリア人種」の「優秀性」という神話を掲げて民族衛生政策を推進していた。1933年に遺伝性疾患子孫防止法(断種法)により、遺伝性と決めつけられた病者・障害者に強制断種をおこない、さらに1935年のドイツ公民法によりドイツ人とユダヤ人との結婚を禁止、1936年の結婚保健法により感染症の患者や遺伝性と決めつけられた病者・障害者の結婚を禁止した。また、1933年の失業防止法では早婚奨励のために若い夫婦に経済的補助を与えるなど、健康なドイツ国民の増殖に積極的な政策を打ち出していた。そして、1939年からは精神障害者・知的障害者に対する「安楽死」という名のもとでの虐殺が開始されていく。
日本でも、ナチスに刺激されて、1934年(昭和9)にはじめて民族優生保護法案(断種法案)が立憲民政党議員から帝国議会に提出され、成立しなかったものの、以後も1935年、1937年と、同様の法案が議会に提出されていく。

藤野豊『強制された健康』

ここで誤解がないように述べておくが、光田健輔が「ワゼクトミー(断種)」を行ったのは、直接にはナチスの影響ではない。光田はドイツ語の勉強のためにドイツの医学関係の雑誌や研究論文を読んでいたから、「ワゼクトミー」の知識を得ていたとも考えられる。

光田は、1915年に全生病院で断種手術を行い、以来、他の療養所においても断種手術が広まっていった。

光田が「ワゼクトミー」を行った理由は、<体質遺伝>を根拠とした<性分離>であり、生まれた子供を養育する状況(療養所での生活環境)ではないだろうというものであった。
だが、それは表(入所者)向けの理由であり、本音は<ハンセン病の根絶>=ハンセン病患者の絶滅(撲滅)のためであった。

決定的な治療法がないとされた当時においては、病気そのものを撲滅するより、患者を撲滅する方が簡単であった。当時の医学においても不必要であった隔離を徹底的におこない、さらに断種により子孫を断ったのは、そのためである。
ハンセン病については、罹りやすい体質が遺伝するとか、親子間の家庭内感染の危険性があるとか、あるいは女性患者は妊娠により病勢が進むおそれがあるとか、種々の理由をつけて断種を正当化した。隔離と断種により患者とその子孫を撲滅できるのである。そして、結果的にハンセン病療養所でおこなわれてきた断種手術の膨大な臨床例は、「国民優生法」のもとで、精神障害者らに断種が実施される段階において、手術の「安全性」を証明する貴重なデータともなったのである。あるいは、将来のデータにするため、意図的にハンセン病患者の断種が進められたとも考えられる。なぜならば、全生病院で断種が開始された1915(対称4)年は、将来の日本民族の優秀性を保つために、遺伝性疾患患者に断種を実施すべきだとする議論が高まりつつあった時だからである。

藤野豊『「いのち」の近代史』

光田らの「ワゼクトミー」の実施データが「国民優生法」制定の“後押し”(実証面でのデータ)となったのである。


1934年に帝国議会に提出された「民族優生保護法案」(断種法案)の内容をみておこう。

…第一条において法の目的について「民族ノ優生ヲ保護助長シ悪種遺伝ヲ防止根絶スル」ことと明記している。そして、第二条ではそのために「断種法」をおこなうこととし、その対象者として「殺人、強盗其ノ他兇暴ナル犯罪者ニシテ其ノ悪質ヲ遺伝スヘシト認メラルル者」「精神狂症、遺伝的脳脊髄病、早発性痴呆症等ニシテ其ノ症状ニ依リ是等悪疾ヲ遺伝スヘシト認メラルル者」「諸種ノ中毒症、ヒステリー、遺伝性不具、結核病、癩病等ノ重症者、其ノ他優生学上不正常児ノ外生ム能ハサル者ト認メラルル者」をあげている。
(中略)
第三条では、これらの対象者で「悪種ヲ懐妊セル者」に対して「法医審判ヲ経テ堕胎」をおこなうことを規定している。そして、次の第四条では、断種の対象者でありながら「断種法ノ施術ヲ受ケサル者又ハ梅毒淋疾ノ帯患者ニシテ完全ニ治癒セサル者」の婚姻を禁じ、第五条は「総テ婚姻ヲ為サムトスル者」に「法律上ノ条件ヲ具備シタル旨ノ当該官公吏ノ證明書及医師ノ健康診断書ヲ提出シテ婚姻許可證ヲ受ク」ことを義務付けた。

藤野豊『「いのち」の近代史』

ここで気になることは、この法案の目的が「悪種遺伝ヲ防止根絶」であるにもかかわらず、「断種」の対象者に「結核病、癩病等ノ重症者」が含まれていることである。

なぜ“感染症”である「結核」「ハンセン病」が対象とされたのか。藤野は次のように推測する。

すでにハンセン病患者への断種手術が既成事実としておこなわれている以上、法案にハンセン病患者への断種を明記しないわけにはいかない。そうしないと、この法案が成立した段階で、ハンセン病患者への断種が違法行為となってしまう。さらに、ハンセン病や結核は遺伝病ではないが、かかりやすい体質が遺伝するのではないかと考えられていたことも、影響したであろう。

藤野豊『「いのち」の近代史』

私は光田健輔の画策があったのではないかと思っている。なぜなら、光田は「断種」が法律違反であることを自覚していた。後年、光田は次のように述べている。

だが、実施するとなると国法で禁じられていることであるから、念のため弁護士の花井卓造氏や、東大の牧野英一博士にたずねてみた。その回答によると、「他の第三者が告訴すれば傷害罪を構成する」ということであった。善意と誠実でやることだ。勇気を出さなくては、何事もできるものではない。私が告訴されれば刑務所へ行くまでのことだと覚悟をきめた。

光田健輔『愛生園日記』

また、光田は別の小文で中川衛生局長から「妊娠中絶は、既に胎児の人格が認めらるべきものであるから罪が深いが、ワゼクトミーは、精虫の泳動を阻止するのであるから罪も軽いだろう。どうか身体傷害罪の成立しないように患者から承諾書をとってやれ、といわれた」と書いている。

なんとも独善的な言い訳であるが、光田にはハンセン病の撲滅は子孫を絶滅させることと同義だったのである。

光田の推奨によって全国の療養所でワゼクトミーが行われるようになっていた。光田にしてみれば、少しでも早く「断種」の法的承認を得たかったはずである。療養所という外部に情報が漏れることのない密室ではあっても、法的根拠のもとで断種を行うことができるように望んでいたはずである。政府や官僚、国会議員に人脈をもつ光田であるから、「断種」の有効性を熱弁して協力を求めたと考えられる。

「民族優生保護法案」は、立憲民政党の荒川五郎らによる議員立法である。

…荒川は欧米の「断種法」の実情を紹介して、ナチス・ドイツの「断種法」にも言及する。その上で、荒川は「民族ノ悪種遺伝ヲ防止シテ、民族血統ノ浄化、国民性格ノ優秀化ヲ図リ、是ガ健全ナル発達ヲ助長シ、以テ雄偉剛健ナル国民ヲ長養シ確立シタイト多年熱心研究ノ結果、此案ヲ提出シタ次第デアリマス」と法案提出の意図を説明した。

だが、この法案は審議未了となった。しかし、「優生思想」が堂々と国会で論議されたという事実を忘れてはならない。

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藤田孝志 部落史・ハンセン病問題・人権問題は終生のライフワークと思っています。埋没させてはいけない貴重な史資料を残すことは責務と思っています。そのために善意を活用させてもらい、公開していきたいと考えています。