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毎日100件のテレアポで蕁麻疹が出た。それでも今、あの上司に感謝している。



前回の記事で、私は月商3,000万円規模の営業所を月商1億円超まで成長させた話を書いた。

そこで学んだのは、事業成長の本質は営業ではなく採用だったということだ。

ただ、その考え方に辿り着くまでには原点がある。

今日は私の社会人としての原点になった上司の話を書きたい。



大学を中退し、フリーター生活を送っていた私を拾ってくれたのは、人材事業や食品事業、インフラ事業などを展開する会社だった。

野球のご縁もあり、新卒社員と同じタイミングで入社した。

そこで出会った上司は、今でも忘れられない存在だ。

正直に言う。

怖かった。

とにかく数字に厳しかった。

営業とは数字。

契約とは数字。

結果とは数字。

言い訳はいらない。

そんな人だった。

今の時代なら厳しすぎると言われる場面もあったかもしれない。

でも当時の私は何も持っていなかった。

大学中退。

社会人経験なし。

営業経験なし。

あるのは野球しかやってこなかったという事実だけ。

だから必死だった。



毎日100件のテレアポ。

朝から電話。

昼も電話。

夕方も電話。

断られる。

切られる。

怒られる。

また掛ける。

そんな毎日だった。

ストレスで腕には蕁麻疹が出た。

正直、何度も辞めたいと思った。

「なんでこんなことしなきゃいけないんだ」

そう思った日もある。



当時の私はよく考えていた。

もっと効率よく契約を取れないのか。

もっとスマートなやり方はないのか。

少ない行動で結果を出せないのか。

でも今振り返ると、あの頃の自分には決定的に足りないものがあった。

経験だ。

経験がない人間は質を作れない。

なぜなら質とは、量を積み重ねた先にしか見えないからだ。

量か質か。

そんな議論を耳にすることがある。

でも私は思う。

経験が少ないうちは量が先だ。

量をやり切った人間だけが質を語れる。

営業もそうだった。

100件の電話をかけたから、断られるパターンがわかる。

100件の電話をかけたから、相手の反応の違いがわかる。

100件の電話をかけたから、話し方が変わる。

最初から質を求めていたら、今の私はなかったと思う。



そんな上司は不思議な人だった。

数字には誰よりも厳しい。

結果が出なければ容赦なく指摘される。

でも夢を見せるのが上手かった。

ある日の営業終わりだった。

上司と二人でBEAMSへ立ち寄った。

当時の私は安いスーツを着ていた。

スーツなんて仕事着でしかないと思っていた。

そんな私に上司が言った。

「これ似合うんじゃないか?」

そう言って手に取ったのは20万円近いスーツだった。

当然買えるはずがない。

社会人1年目の私には現実離れした金額だった。

私は苦笑いした。

すると上司は言った。

「今は買えなくていい。」

「でも営業で結果を出せば、こういうのを普通に買えるようになる。」

「だからまずは稼げ。」



今思えば、スーツを見せたかったわけじゃない。

未来を見せたかったのだと思う。

営業で結果を出した先に何があるのか。

頑張った先にどんな景色があるのか。

当時の私は何も知らなかった。

だからあの日の20万円のスーツは、ただの服じゃなかった。

夢だった。

目標だった。

自分もそこまで行けるかもしれないと思わせてくれる象徴だった。



その後、私は初めて大きな契約を獲得する。

先輩たちが何年も電話し続けていた企業からアポイントを取り、契約まで繋げた。

あの時の喜びは今でも忘れられない。

そして気付いた。

営業は才能だけではない。

行動量の先にしか見えない景色がある。

ということに。



今の私は採用や事業運営に携わっている。

当時のようなマネジメントはしない。

毎日100件電話しろとも言わない。

でも、あの上司から学んだ本質は今も変わらない。

結果を出す人は行動量から逃げない。

採用も同じだ。

応募が来ない。

面接率が低い。

定着しない。

そう言う会社ほど、やるべきことをやり切れていないことが多い。



数年前、その上司は会社を去った。

最後まで賛同できない部分もあった。

それでも今の私の営業力や数字への執着は、間違いなくあの人が作った。

蕁麻疹が出るほど嫌だった。

逃げ出したくなる日もあった。

それでも感謝している。

人生で初めて、本気で仕事と向き合うことを教えてくれた人だからだ。



次回は、なぜ私が安定した仕事を辞めてまで独立リーグに挑戦したのかについて書こうと思う。夢を追うことの価値について、今だから思うことがある。


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