虚実の荒野を駆けた「最後の狼」へ捧ぐ――落合信彦氏追悼
訃報は、不意に、しかし必然のような重みを持って届いた。
落合信彦。その名を聞いて、胸の奥に眠っていた熱い塊が疼き出すのを感じる男たちは少なくないはずだ。
実は私もその一人だ。
今だから告白しますが、落合信彦ファンだった時期がありました。大学院生あたり、研究がうまくいかなくてピンチだったあの頃。
— 榎木英介 独立系病理医(学士編入) (@enodon) February 2, 2026
まあ石油とか怪しさ満点ではありましたが、元気は出ましたね。
ご冥福をお祈りします。
部屋を引っ掻き回したら一冊だけ出てきました。2001年刊。 pic.twitter.com/P3h0uzY4GN
国際政治の裏側、CIA、傭兵、そしてオイルマネー。
昭和から平成にかけて、彼は文字通り「世界」を日本に持ち込み、若者たちの矮小な日常を粉砕した。
彼が語る物語は、常に過剰だった。
中東の砂漠で命を狙われ、極秘の諜報活動に従事し、世界の最高権力者と差しで渡り合う。
その真偽を問うこと自体が野暮だと思わせるほどの、圧倒的な熱量。
検証可能な事実よりも、魂を震わせる「真実らしさ」がそこにはあった。
中でも、石油メジャーに単身挑んだというエピソードは、彼の伝説を象徴するものだ。
巨大な権力機構に対し、一人の日本人が知略と度胸だけで立ち向かう。
そんな荒唐無稽な物語に、私たちはどれほど救われただろうか。
組織の歯車として生きることを余儀なくされる社会で、彼は「個」として戦うことの尊さを説き続けた。
もちろん、彼の言説には常に毀誉褒貶がつきまとった。
「怪しい」「嘘だ」「ほら吹きだ」。
そんな批判は、彼が全盛期の頃から浴びせられ続けていたものだ。
だが、その「怪しさ」こそが、彼を単なるジャーナリストを超えた「英雄」たらしめていたのではないか。
彼の存在は、今のコンプライアンス社会では成立し得ない危うさに満ちていた。
良し悪しは別として、彼のような「怪物」を許容する余白が、かつての日本にはあったのだ。
ここから先は、彼が私たちに遺した「毒」と「薬」、そして現代が失った「野生」について、さらに深く踏み込んでいきたい。
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